留まることのない消費と負債のはなし

ちょっと考えると不思議な話ですが、アメリカでは、給料が高い人ほど負債が多いという傾向がみられます。給料が高ければそれだけ月々の収入からカバーできる費用も多く、その分負債など抱えなくても生活できるうえ、たとえ負債があっても早く返済がすすんでDebt Freeになれるはず・・・というのがなんとなく自然なロジックですが、それがその反対だというのです。お金がなくて生活に困るから借りるというよりは、お金があっても必要なものは無限にあり、それを満たすためには借り続けなければならいという、アメリカの消費社会が見え隠れします。

クレジットカード負債

世帯収入が高いほどクレジットカードの負債額は増えます。

下は、世帯収入ごとのクレジットカード負債額の平均値です。世帯収入が増えるにつれクレジットカード負債額が増えているのがわかります。世帯収入が$160,000以上の世帯では、クレジットカード負債額は平均$11,200であり、世帯収入が$70,000から$114,999の世帯の平均負債額$5,800の2倍弱です。収入が増えれば、それだけ負債も低くなるという理論は、ここでは完全に働いていないのがわかります。

世帯収入 クレジットカード

平均負債額

Less Than $24,999 $3,000
$25,000 to  $44,999 $3,900
$45,000 to $69,999 $4,900
$70,000 to $114,999 $5,800
$115,000 to $159,999 $8,300
$160,000+ $11,200

過去10年の間、アメリア全体でのクレジット負債総額は着実に増えていますが、ただひとつ興味深い要素があります。それは、負債総額は増えてきているもの、アメリカ人口に対するクレジット負債を抱える人の割合は低下しているということです。ということは、クレジット負債を抱えない人は増えている一方で、クレジット負債を抱える人はその負債額が増えているということです。しかも負債総額が増えていることからも分かるように、クレジット負債を抱える人はこれまで以上のペースで負債の額が増えているということでもあります。

アメリカでの世帯のクレジット負債の平均値は$5,700ですが、これはあくまで、負債のある人とない人とを合わせた平均値です。これを、クレジット負債がない人(つまり、クレジットカードを使っても、毎月支払いきる人)は除いて、クレジット負債がある人だけで平均をとると、$16,048となります。クレジットカード負債を持つ人と持たない人の間には、ゼロ負債 対 $16,048の負債という明確なコントラストがあり、近年では、負債組の中から少しづつゼロ負債組へ移行する層が出てきている反面、負債組に残る層はさらに負債が増加する傾向があり、$16,048という数字は年々増えてきていた結果であるということです。

オンラインでの私たちの行動は、私たちの知らないうちに情報収集され、ちょっとあるモノについて調べただけでも、その後はオンラインで何をするにしても片隅に関連した広告が出てくるというのを経験した方も多いでしょう。何かを買えば、それを買った人はコレも買いました・・と勝手にリコメンドが出てきます。これをビジネスにしている人々はよく研究していますから、どうやったら消費者が買いたくなるか、どうやったら買う必要があると説得することができるか、どうしたら最後に買うためのクリックを押させることができるかを心得ています。これに乗りやすい人は、どんどん消費を続けることになります。ゼロ負債 対 $16,048の差は、乗せられやすい人と乗せられにくい人の差かもしれません。

ではほかの負債はどうでしょうか?

モーゲージ

持ち家のモーゲージはいわずもがな、収入と高い相関関係があります。アメリカの場合、「何ベッドルームのどのくらい大きさの家が必要か」という必要優先の考え方より、「いくらの家なら買えるか」という実現可能性優先の考え方が先行しています。高い収入を得ている人が、「3ベットルームの機能的な家で十分だから、4ベッドルームの高台の家は買えるけれども買わないでいい」と判断することはないとはいえませんが、一般的な考え方ではありません。オンラインでも、“How much house can I afford?”というキーワードで検索すると、たくさんのカリキュレータが出てきます。カリキュレータに入力する最初の項目は収入です。次にダウンペイメント、そしてモーゲージの種類が続きます。収入の高さに応じて、買えるだけの家を買うというのが、普及しているやりかたです。もちろんこのカリキュレータを提供しているサイトは、多くの場合、高い家を買ってもらうと儲かるビジネス、あるいは多くのモーゲージを借りてもらうと儲かるビジネスが裏にひかえていることが多いものです。

ローン会社がモーゲージ貸し出しを判断するための材料でも、収入の額がキーとなり、Debt to Income Ratio(月々のモーゲージを含むローン返済額÷月収)が一定以下であるかどうかが見られます。収入が高ければ、それだけ多くのモーゲージ返済が可能になり、その分高い家が買えることになります。

もちろん、「買える」上限の額まで手を伸ばさず、自分たちの分相応以下の家で満足する人もいますが、アメリカでは家がステイタスシンボルとみなされること、家は投資であり、高い家を買えばそれなりで売れるはずだから単なる贅沢ではないという正当化が働くこと、税金面でも持ち家が非常に優遇されていることなどから、可能な限り高い家を買おうという動機が働きます。

借金に対して抵抗がある日本人だと、ダウンペイメントはできるだけ出してモーゲージは少なくしようという考え方をする人もいますが、アメリカではこの考え方はあまりポピュラーではありません。お金持ちでダウンペイメントにもっと出せる余裕があったとしても、20%を用意してあとはモーゲージを組むということは多く行われています。浮いたお金は投資にまわし、モーゲージの利子より高い利回りを得たほうが得という考え方です(この考え方が間違っているというのがこの文の趣旨ではありませんので、あしからず)。結果的に、お金があってもなくても、ローンはおりるだけ借りて、できるだけ高い家を買うということになります。自分たちのニーズや判断基準よりも、どれだけのローンが借りられるかが買う家を決める重大要素になります。

 

スチューデントローン

2015年に大学を卒業した学生のスチューデントローンの平均借入額は$35,000超という結果でした(Envisors調べ)。2010年時点では約$25,000だったので、ここ5年で$10,000も増えたことになります。また、ローンを利用して借入をせねばならない学生のパーセンテージも増えました。20年前は半分以下、10年前は64%、2015年は71%という結果です。

スチューデントローンは学生自身が借りる場合と親が借りる場合がありますが、ある程度収入がある親であってもローンを組まないでは子どもを大学に送れない現状もあります。また子ども側にしても、給料のよいプロフェッショナル系の仕事に就くには、たくさんのローンを借りて大学教育を終える必要があるという現状もあります。2013年現在のスチューデントローンの全残高のうち、世帯収入の分布で最下25%の層(貧困層)が負っている残高は全体の11%であったのに対し、最上25%の層(富裕層)が負っている残高は47%という結果でした。富裕層はお金があるなりに、たくさんの借金をして高等教育を受けている、あるいは受けさせているということです。

ちなみに、アメリカでは大学教育だけでなく大学院までの教育を受けないと、就くことのできない仕事というのは案外あります。また同じ職種であっても、ある程度のマネジメント職に就きたいとか、昇進したいという希望があれば、修士以上を持っていないと難しいというものも案外あります。たとえば、看護師、学校の先生、フィジカルセラピスト、スピーチセラピスト、言語聴覚士、ソーシャルワーカーなど、日本では大学教育だけでも十分とされることもありますが、アメリカでは大学教育が通念となっているか、あるいは資格取得のためには大学教育が必須となっているものもたくさんあります。

大学院まで進む学生はそれだけスチューデントローンの借入額も増えることになります。2012年データになりますが、大学・大学院を通して終えた時点でのローン残高を見た場合、メディアン(中央値。残高で低いほうから高いほうへ並べた場合、ちょうど中央に位置する人の残高)で$57,600、75パーセンタイル(残高が高いほうから25%にあたる人の残高)で$99,614、90パーセンタイル(残高が高いほうから90%にあたる人の残高)で$153,000という結果でした。取得したDegree別でいくと、Master of Educationは$50,879、Master of Scienceが$50,400、MBAが$42,000、Master of Artsが$58,539、Lawが$140,616、Medicine/Healthが$161,772という結果でした。

この背後にあるのが、「大学教育はよい仕事を得て安定した生活をするのに必須である」という社会通念や、「弁護士や医師などになるための教育は、高い学費を払ってでも、そのあとの高給が見込めるのでよい投資である」という考え方です。「教育は無駄遣いであるはずがない」という正当化も働いて、人々は躊躇なく負債を負っているというのが現状です。大学経営というビジネスが他とは違うのは、大学教育という商品が一生懸命売り込まなくても「人の欲しいもの」であり、すでに消費が正当化されていることです。そのうえ、アメリカは「投資」という言葉に弱く、「たとえ負債を負ってでも投資をすれば、将来必ずそれ以上の利が回収できる」という(時として過剰な)楽観主義が、スチューデントローンの利用を加速度的に進め、現在では全米のスチューデントローン残高はクレジットカード残高を抜いています。(借金をしてまで大学に行くことが意味のないことだ・・といっているのではありません。ただ、限度のない楽観主義は無謀かもしれないということをいっているだけですのであしからず。)

 

私たちは消費者として生きるよりありません。消費者として生きる限り、要るか要らないか、買うか買わないかを決断し続けることが必要になります。ブリタニカ辞典によると、消費とは「人間の欲望を満たすために物財を費やす行為」だそうで、欲望がその行為の根底にあるわけですが、自分自身の判断基準を持とうとしないと、ソーシャルメディアや広告などにより欲望は常につくり上げられ、それを満たすために消費を続け、消費を続けるために借り続けるということになるのでしょう。自分自身の判断基準を持つということは非常に難しいことで、私にもできることなのか自信はありませんが、でも持とうとしようとするかしないか・・だけでも、きっと大きな違いがあるのかもしれないと思う日々です。

聖書のことばが思い浮かびました。。。

しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、
大きな利益を受ける道です。

(テモテへの手紙第一6章6節)

 

 

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3 comments

  1. いま日本は低欲望社会と言われ、物が売れなくて経済が縮小する一方だそうです。アメリカとは正反対(^0^)
    家のローンに関してはアメリカは投資と考える人がほとんどだから、これまた日本と正反対ですね。
    学生ローンは本当にsmart&responsibleでしょうかね?親が払えるなら全額払ってやり、子供が親に返済するほうが賢いのでは?政府や金融機関に10数パーセント(もっと低くても)の利子を払うのが賢いですか? 子供の責任感を養わせるなんて屁理屈ですよ。大学生になっても責任感が養われてないなら望み薄です。実際、知り合いの富裕層一家は息子に1年目だけ、学内の図書館などの仕事で返済できる3000ドル(12年前)だけ学生ローンを借りさせ、それで返済を学ばせました。ウチは全額払いましたが、息子の金銭的責任感はありますよ。
    だいたい「大学教育はよい仕事を得て安定した生活をするのに必須である」という社会通念はすでに破たんしてます。医師だって弁護士だって近い将来AIにとってかわられます。

  2. うちの子はまだジュニアですが、いま考えてるのは3分の2は親が負担してあげて、残りはローンを背負わせる、という予定です。

    親が貸せばいいとも思いますが、親が貸せばやっぱり甘えが発生する、というのはわかっていますし、ローンを背負ってまで大学に行っている、という負担はうちの子の場合はいい負担になると思うので、あえてローンを背負わせます。

    もーし、彼が大学でいい結果を出せたら、卒業時点でローンを払ってあげる、ということも考えています。または残高の半分を払ってあげて負担を減らしてあげる、ということも考えています。

    大学は行きたくなければ行かなくてもいいと思いますが、やっぱり自分が通ってみて、「大学に行ってよかった」と思っているので、子供二人、何を学ぶにせよ大学には行って欲しいです。ただ、仕事に直結できない専攻を選ぶなら、ダブルメジャーで行くように勧めますが。

    クレジットカードの負債が膨らむ原因の一つに算数教育の失敗があるのではないかと思ってしまうのはわたしだけでしょうか。。。徹底した金利の計算とか教えた方がいいかも。。。中学でマネーユニットというのがありましたが、どーも、なんかお金ごっこで終わっていたような。。。

    1. ローンは背負わせておいて、卒業時にローン返済を援助してあげるというのはいいやり方ですね。
      そうですね、マネーマネジメントの教育があるべきだと私も思います。AlgebraやCalculusより大切かも。。

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