アメリカで自信がなくても成功できる?

英語でよく聞くSelf-confidenceという言葉、日本語では「自信」と訳されるのでしょうが、これは高いほうがいいでしょうか、低いほうがいいでしょうか。。。何でもアグレッシブに挑むことを賞賛されるアメリカでは、もちろん高いほうと思いますよね~。ところが、ハーバード・ビジネス・レビューのサイトで面白い記事を見つけました。Self-confidenceが「低すぎる」のはよくないが、「低い」のはよいことで、そのほうがSelf-confidenceが高いより成功する確率が高いと。その理由はというと。。。

 

Self-confidenceが低めだと、人の批判や注意に耳を傾けがちで、自己を省みる傾向がある。

人はどうしても批判は無視し、ほめ言葉を好んで聞きがちであるが、Self-confidenceの低い人は自分の弱点をよく把握しており、成果を生むことだけではなく、そこに至るまでの準備のところに力を注ぐ。

Self-confidenceが低い人は悲観的になりがちであるが、その悲観と向上心が相伴うとすばらしい成果に繋がる。偉大な成果を残す人たちは、ほとんど漏れなくSelf-confidenceが低いが、継続的に鍛錬を重ね納得のいくSelf-confidenceのレベルまで到達する。

 

Self-confidenceが低めだと、より一生懸命やろう、もっと準備しようという動機へと繋がる。

ゴールに対して真剣であるならば、Self-confidenceが低いほうががんばろうという意欲に繋がる。多くの人は、やせたい、健康的な生活をしたい、成功したいなどと多くのゴールをもつが、最後までやりとおす人は少ない。それはゴールに対して真剣さが足りないのであって、求めるものを本当に心から達成したいと思うのならば、Self-confidenceが低いことは求めるところと現状のギャップを示すものであって、頑張りに繋がることはあっても、悪く作用することはない。

 

Self-confidenceが低めだと、傲慢になったり自己欺瞞になったりする確率が低くなる。

Self-confidenceの低い人は、人を批判する代わりに自分のミスを認めやすく、他人の業績を自分のもののようには言わない。こういうわけで、Self-confidenceの低さは、その人自身の成功に繋がるだけでなく、組織や社会のそれにも繋がる。

 

ふむふむ、Self-confidenceが低いことは本人のためにも人のためにもなるということですか。。。Self-confidenceのバロメーターの針が振り切れていそうな人がわんさかいそうなハーバード・ビジネス・スクールで、このようなリサーチ結果が討論されているなんて面白いです。

 

この手のリサーチはいろいろと他にもされているようで、もうひとつ他の記事(同じくハーバード゙・ビジネス・レビュー・ブログ)で興味深い言葉を学びました。Self-compassionという言葉です。「自分への同情・憐れみ」とでも訳すのでしょうか。Self-compassionがあること、これが人の偉大さに繋がるというものです。

 

Self-compassionとは、自分の失敗や弱点を、やさしい気持ちと理解をもって捉えようとする力

・・・だそうです。ミスをするのは人間だれでもそうなわけで、それを受け入れた上で、自分自身を捉えるのだそうです。逆境にあっても、自分自身をあまりに卑下せず、またエゴをなんとか守ろうとして防衛的になるのでもなく、自分という人間の不完全さを包み込む考え方です。このSelf-compassionがあると、心の安定、楽観、幸福感が高く、不安やうつの度合いは下がるそうです。

しかしながら、Self-compassionとはどうせ人間は不完全だからいいやと最初からいい加減に生きる姿勢をいうのではありません。Self-compassionを持ちつつも、自分の行動や成果にはしっかりと責任を持って生きる姿勢が必要とのこと。業績や成果がどうかという結果思考ではなくて、そこを目指すプロセスでの山あり谷ありをどう捉えるかという考え方です。そういう考え方であると、結果的には目指すゴールに到達する可能性も高くなるとのことです。

 

オリンピック選手などの国際級のアスリートが、当日の成績が芳しくなかったときにインタービューを受けながら、「なぜ自分はよい成績を残せなかったか、どこがよくなかったか、今度はどのように改善できるか」について、まるで客観的に、ともすると人のことを分析するような口調で話しているのをみかけますね。「うまくできなくて恥ずかしい」などという自己憐憫はなく、単に淡々と自分を省み励ます力。すごいなあと思います。成功の鍵はあれだとも思います。

そうそう、自己憐憫はSelf-pityと訳され、Self-compassion(自己への同情・憐れみ)とはまったく種類の違うものです。前者は「わたしってなんてかわいそう」、後者は「わたしも人間、こんな失敗もあってしかるべき」。前者は、自分のことをかわいそうがりながら、実は自分が回りより「正しい・ましだ」と思っていたりします。「周りが○○してくれなくて、なんてかわいそうな私」という思考で、つまり自分は被害者。一方後者は、自分の失敗をよく認めているわけで、芳しくない結果に対する自分の責任は十分にかみしめた上での気持ちです。

唐突ですけど、聖書が愛読書の私には、聖書の言葉が思い出されました。

高ぶりが来れば、恥もまた来る。知恵はへりくだる者とともにある。

                                    箴言 11章2節

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3 comments

  1. いい記事ですね。
    その通りと思います。

    失敗や無知を恥ずかしがらない。

    私、自分が日本と合っていないと感じるのはそこなんです。

    昔から、質問ありますか~?と聞かれると、はいはいはいはい!!!って、手上げて、頓珍漢なことを質問してしまう人なのですが、これ、日本ではバカにされてきました。
    というより、変なやつ、空気読めない、目立ちたがり、みたいな扱いで。

    流行を追わないし、媚も売らない、男の子にもてようとも思わないし、可愛く振舞おうとかも思わないし、無難で汚点の無い人生にしようとも思わない。

    たぶん私は、全部高いですね。Self-confidenceも、Self-compassionも、Self-pityも。

    こんなにおバカなのに、踏んだり蹴ったりな人生で可哀想な私。。。でも、まあこれも自分が選んだ道さ~、ある意味、底辺だから怖いものなし~!

    こんな性質の人が多いアメリカ、私には合っています。笑

    1. Cheeさん、そりゃあ、日本に合わないでしょう。。。いい味出してますね~。。。いいな~、Cheeさん、魅力的です!大陸のあっちとこっちだけど、いつかお酒でも飲み交わしましょう(お酒、のむ~?)

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