2022年2月にはアメリカの消費者物価指数は7.9%の伸びを記録し、過去40年間の最高値を記録しました。お肉もパンも値段が上がり、ガソリンの値段も半端でない上がり方です。NetflixもAmazonプライムも値上がりしました。とにかく何でも値が上がり、今までの家計バジェットでは同じようにものが買えないことを誰もが経験していることでしょう。
今後このインフレ率がどうなっていくのか、現在のインフレ上昇は一時的なものなのか、それともある程度の期間継続するのかについては、専門家の中にも意見の食い違いがあります。7%というようなインフレ率が長期間続くことは想像したくないし、実際問題として想像しがたいことでもありますが、ただいつこのインフレが以前のようなレベルに落ち着いてくるのかは、神のみぞ知る領域でもあります。
このような不確定要素がある中で、私たちはリタイヤメントや学資などのために長期投資をしていかなくてはなりません。今回のように劇的にインフレ率が上がると、いろいろな専門家がいろいろな対処法を提案します。私たちがよく耳にするのは以下のようなものです。
TIPS
TIPSはTreasury Inflation-Protected Securityの略で、インフレ率とリンクして値段を変化させることで、インフレ・リスクに対処するTreasury Bond(US国債)です。Inflation-Protected(インフレ保護のある)と銘打たれていますから、インフレ・リスクを回避するための方策として言及されることの多い投資媒体です。TIPSは、他の国債と同じく利子が設定された形で発行されますが、消費者物価が上がるとそれに応じてPrincipal Value(債券の元金)が上がります。元値が上がったことで、前と同じ利子率であっても受け取れる利子の絶対額(元値x利子率)が上がり、インフレ・リスクを回避できるというしくみです。
TIPSはインフレ・リスクが回避できるという利点はありますが、その利点の分だけ利子率が低い、つまりリスク回避というベネフィットのコストが利子に反映されているという欠点があります。
ファイナンスの基本概念にMarket Efficiency(市場の効率性)というのがありますが、それは「現時点での株式市場には利用可能なすべての新たな情報が直ちに織り込まれており、とるリスクに対してそれ相当の利益を上回る利益を得ることはできない」ということです。簡単にいえば、おいしい話は残っていない・・・TIPSはインフレ・リスクを回避できるのはいいが、その利点分はすでに利子に反映された設定になっているので、長期的に考えれば特に得ということも、損ということもない・・という考え方です。
たとえば2021年末時点での10年US国債の利子率は1.52%であったのに対し、10年ものTIPSの利子率はマイナス1.04%でした。この差2.56%が、今後10年間のインフレ率として市場が期待している数字ということになります。ほんとうにインフレが2.56%なら、TIPS
でもふつうの国債でも同じ結果となります。
TIPSに投資することで利益を得るためには、将来的の実際のインフレ率がこの市場の期待しているインフレ率(市場にすでに反映されているインフレ率)より高くなくてはなりません。もしもインフレが2.56%以上ならばTIPSのほうが得、インフレが2.56%以下ならふつうの国債のほうが得ということになりますが、これはMarketがEfficientであるならそうそう起こることではないということです。また、いくら将来のインフレ懸念があるからといって、現在マイナスの金利(上記ではマイナス1.04%)でロックインするベネフィットがあるのかは疑問が残ると思われます。よって、インフレが高まったからといって、すぐTIPS投資をお勧めするということでは必ずもありません。
Gold
ゴールド投資は、高インフレ環境や株市場不安が高まった折にはかならずのように取り沙汰されます。しかしながら、ゴールドのインフレ回避としての機能は、実際のところは常に安定的なものではありません。
過去のリサーチによると、1970年代にはゴールドは高いインフレとともにその値を大きく伸ばし、インフレ・リスク回避ツールとしての役割を果たしましたが、1980から1984年の中程度のインフレ環境ではかえって値を下げ、大型株式などの利回りに比較すると大変に残念な利回り結果となったことがわかっています。
1987年1月から2020年12月までの期間を考えるに、US債権は平均で5.91%、US株式は平均で10.64%の利回りを記録したのに対し、ゴールドは4.57%にとどまりました。一方で、値動きリスクの度合い(期待利回りに対して、1標準偏差の値動き幅。値動き幅はリスクの度合いと考えることができます)を見ると、US債権は3.80%、US株式は平均で15.42%であったたのに対し、ゴールドは15.12%でした。この数字は大きければ大きいほどリスクが高いということになります。ゴールド投資のリスクはUS株式に匹敵するほど大きいのに、実際の利回りは株式の半分以下であるということになります。また違い言い方をすると、ゴールド投資のリスクは債券投資よりずっと高いのに、利回りは債券投資より悪いということにもなります。
ゴールドは、そのリスクの割りには利回りが芳しくなく、長期間安定的にインフレ対処法として信頼することはできないという結論になるかと思います。
株式
株式は、短期的にはインフレ上昇でダメージを受けます。Federal Reserveが利上げを発表すれば、期待実質利回りが減り、株価も下がります。しかしながら、時間の経過とともに、企業がサービスや製品の値上げを行い、利益を確保していくことで、市場が調整され、株価にもそれが反映されていきます。
このしくみのおかげで、株式はおそらくインフレ・リスク対応のためのベスト・ツールと言えるでしょう。1926年からのデータを見てみると、この期間の平均インフレ率は2.88%でしたが、S&P500インデックス(米国大型企業500社の株式)のインフレを差し引いた後の実質利回りは6.82%でした。過去80年の間、1941-1951, 1966-1980, 1987-1992, 2002-2008, and 2020-2021という5回の高インフレ期間があったそうですが、どの期間においても、S&P500は先の長期平均6.82%を上回る実質利回りを記録しており、インフレ環境でも強い株式の地位を示しています。
株式市場はインフレ対応機能を内蔵していると考えてよいと思います。
債券
インフレ環境では、利上げが発表されることがしばしばです。利子と債券の値段は反比例の関係があり、利上げがあると債券の値段は下がることになります。しかし、このような値下がりからの影響は短期的なものといえます。
債券から得た利子や、また債券が満期を迎えて受け取った元金は、今度はその時の高利子で再投資することができ、比較的短期間で値下がりの影響から脱却できることも多いです。債券のミューチュアルファンドで、あらゆる満期の債券を組み合わせてリスク分散しておれば、インフレによる一時的な値下がりの影響はほぼ心配なくいられるはずです。
利上げによる債券の値下がりがあったとしても、債券はやはり投資ポートフォリオの中で重要な役割を担うものです。株式投資だけではリスクが高すぎるところを、リスク許容度に合わせて債券を混ぜることでリスク分散を実現します。
2020年1月から3月に、Covidの影響で株式は16%の値下がりを経験しましたが、債券市場は1%値を上げました。2008年の金融危機では世界の株式は34%値を下げましたが、優良債券は8%値を上げました。このように株式と異なる(多くの場合反対の)値動きをする債券は、ポートフォリオのリスク分散のための大切な要素です。よって、インフレ懸念があるからといって、債券ファンドを止めたほうがいいということにはなりません。
こう見てくると、やはりいつも言っていること、つまり広範囲にリスク分散したインデックスファンドを使って世界に分散投資を行い、リスク許容に応じて株式ファンドと債券ファンドを組み合わせるというやり方が、高インフレ環境下においても相変わらず有効であるということになるかと思います。また、インフレ率は各国で異なるわけで、世界分散していることはこの意味でもリスク分散となります。
タイトル「インフレ懸念- 投資をどうする?」に対しての答えは、私たちがすでに上のような世界分散インデックスファンド投資をおこなっているなら、そのまま何もしないのがベスト・・ということになります。
こんにちは。いつも楽しみに読んでいます。
5年後程度をめどにリタイアを考えていますので、徐々にですがTIPSやBondの割合を増やしています。i-BOND以外は、Infulation protected FundやBond Fundは401KやTraditional IRA内で運用しています。そんなに大きな資産がある401KやTraditional IRAではないので、ある時点でTaxableの口座での運用も考えないといけないなと最近思っています。そこで個別TIPSをTresuary DirectやBrokerで購入したほうがいいのか、VAIPXのようなFundをかったほうがいいのか悩んでいます。個別のTIPSは売買にひとてまかかる、でも購入時にリターンがFixされる、Fundはいつでも売買できて簡単、しかしリターンはFixされておらず値下がりもありえる、ただしいろいろな期間のTIPSに分散投資されている。この認識であっていますでしょうか?
「個別のTIPSは売買にひとてまかかる、でも購入時にリターンがFixされる」は、TIPSを購入した時の予想インフレ率(TIPSの利子は予想インフレを内包した形で設定されています)と実質インフレ率が同じであれば、実質Fixというイメージですが、実質インフレがもっと大きければお得、実質インフレがもっと小さければ損ということになると思います。VAIPXは、おっしゃるとおりいろいろなDuration(満期までの残存年数の目安=期間の目安)で分散投資されています。TIPSは満期までそのまま持たれるのなら、それまでの間値は変化する可能性はありますが、その影響は無関係(満額で売っておしまい)だと思います。VAIPSは、同様に値動きがあり、しかも「満期」というものがないので最終的には売却して終わるのだと思います。