「長期介護のニーズにどう備えたらよいでしょうか」、「長期介護保険は買う必要があるでしょうか」というご質問をよくお受けします。長期介護保険をどう考えるは、私にとってなかなか釈然としない問題で、今までも悩みながら個々のお客様のケースごとに最適解を探ってきましたが、「こういう場合はこう、ああいう場合はこう・・・」とはっきりガイドラインが出しにくいエリアでもありました。今回、ある記事を読んだことがきっかけて少し道が開けた思いがしたのでそれをシェアしてみたいと思います。
なぜ釈然としない問題なのか
理由1:
まずはどのくらいの備えのニーズがあるのか測りにくいからだと思います。生命保険なら、経済の大黒柱が亡くなってしまったとき、残された家族がどのくらいの補償が必要か、ある程度の確からしさで計算できます。モーゲージの一括返済がいくらかとか、大学費用にどのくらい必要か、生活費がいくらかについて、ある程度確からしい範囲で情報が存在するからです。
一方で長期介護は、こんなかんじの長期介護コストの情報はたくさんあるのですが、これを自分のケースに適応してどのくらいの補償が必要なのかに換算するのがなかなか難しいです。
Home health aide(家での介助・サポート)なら一年で$54,912かかる一方で、Nursing home careとなれば一年で$100,000以上かかることもあるという情報。情報としてわかるのですが、では自分の場合は、いったいどのレベルの介護が必要なのかなかなか想像がしづらいです。しかも上はUS全国平均であり、州や市によってもこのコストは大きく変わります。いったい、どのレベルの補償を自分は必要としているのか、測りにくいのです。
理由2:
生命保険なら、死亡すれば補償が受けられる仕組みで、ある意味1か0です。生命保険は(変な話ですが)死亡しさえすれば全額保障がおりるわけですが、一方で長期介護保険はそれほど白黒はっきりしている世界ではありません。上の表のうちどの程度のケアが必要かということだけでなく、それがどのくらいの期間必要かという情報も考慮しなくてはなりません。さらに、長期介護保険の補償額は発生するコストの全額をカバーするものではなく、一日$100までとか、$150までというような設定であり、ニーズと補償額の間に乖離もあります。いくらの補償が必要かを測るのが、なかなかひとすじなわではいきません。
理由3:
保険料が不安定という問題もあります。いったん契約をしてからも保険料は上がる可能性が大です。しかもその上がり具合が、数パーセントではなく数十パーセントというようなケースも決して珍しくありません。自動車保険、医療保険、掛け捨て生命保険なども保険料はあがりますが、長期介護保険の場合の値上がりはケタが違います。補償額は契約時に決めることができても、保険料がその後いくらになるのかが安定的に予測がつかないというのは大きな不安材料です。途中で解約した場合、限定的な補償を受けられる契約もありますが、キャンセルしたら何も残らないもの(掛け捨て)も多いです。これは契約者にとって大きなリスクだと思います。一時期、保険会社の長期介護保険市場からの撤退も相次ぎました。今は残ったいくつかの会社で回っていますが、今後も安定的にこの保険を頼りにできるのかも不安が残ります。
そんなわけで、長期介護保険はいったい買ったほうがいいのか、買わないほうがいいのか・・数字的に判断しにくいものであったわけです。そんな中、今回、U.S. Department of Health and Human Servicesという政府機関が出している長期介護費用についてのレポートを見つけました。
2020年から2024年に65歳を迎える人が、生涯において必要となる長期介護費用はどのくらいかを見積もったものがあります。
ここからわかることは・・・
長期介護の生涯コストは全平均で$137,800であること。これは平均値ですから、あくまで参考にしかなりません。全く長期介護コストがかからない人もいれば、$1ミリオンかかる人もいるかもしれません。ただ、平均値としては巷で危惧されるほど大きくはないのだなと感じました。
だれがそのコストを支払うか(負担するか)の内訳をみてみると、Out-of-pocket(自己負担)が最も多く$80,000程度、それからMedicaidで$50,000程度でした。同レポートの他の部分を見ると明らかですが、Medicaidはもちろん中低所得層以下に対して主に使われていること、ボトム20%所得層では39%がMedicaidで長期介護をカバーしています。反対にトップ20%所得層では8%弱がMedicaidでの長期介護カバーを受けています。トップ所得層でMedicaidを使っているのは90歳以降までの長寿であるケースが多く、持っていた資産を使い切ってのMedicaid利用であるらしいことなどを明らかにしています。
驚くことは、全体の52%は長期介護のトータルコストが$0、つまり介護費用が発生していないということです。ここでの長期介護の定義はActivities of Daily Living (ADL)で規定された6つの基本アクティビティ(入浴、着替え、食事、歩行、身の回りの衛生、排泄)のうち少なくとも2つができなくなったり、あるいは認知上の問題が起り観察・見守りが必要になったりで、それらが90日以上継続した場合です。多くの場合、これは長期介護保険における長期介護の定義と同じです(保険によります)。
介護費用が発生した場合でも$100,000以下であるのが全体の73%です。一方で、$250,000以上の費用が発生するケースは全体の18%あり、その中でOut-of-pocketで支払った人の11%がこのプライスカテゴリーです。ある程度まとまったリタイヤメント資産を貯められていれば、$100,000程度までの介護費用はなんとか拠出できる確率も高いと思いますが、自費で$250,000以上(それがどの程度大きなものになりえるかの上限はこのレポートでははっきりしませんが)を支払うことになるケースでは、リタイヤメント資産が枯渇することにもなりえません。このような極高コストのリスクをきっちりとカバーしてくれる長期介護保険があるとよいのですが、このレポートによるとそういう図はあまり見えません。
上の表によると、Private Insurance(長期介護保険など)の補償が発生しているのは、コスト$250,000までの長期介護においてです。全体の97%においては、保険による支払いは発生していません。実際、長期介護保険市場は撤退や伸び悩みを経験しており、広く浸透するところまで至っておらず、長期介護保険が介護費用を安定的にカバーしているという図は見えません。長期介護保険を持っているのは50歳以上の人口の6%以下です。
じゃ、長期介護保険は買ったほうがいいのか買わないほうがいいのかと聞かれると、だからどうとはっきりとるべき策を示すには及ばないのですが、一応の現状把握でした。
本レポートの考察は次回に続く。。