ベーシック・エステートプラニング(2)

シリーズ第一回目「エステートプラニングとは? 相続を考える」では、エステートプラニングは、お金持ちだけがすればいいものではなく、また遺書だけで終わりというものでもないということを書きました。遺産税(日本でいう相続税)がかかることを心配する必要のある人はそれほど多くないとしても、プロベートという問題についてはみな考えておく必要があることも書きました。シリーズ第二回目「エステートプラニングを怠ると?」では、エステートプラニングをきちんしておけば避け得たであろう問題についてみてみました。三回目では、誰もが必要なエステートプラニング、いったいどこからはじめればよいか、どんなことがカバーされるべきなのかを考えました。第四回目の今回は、その続きです。

エステートプラニングは、専門知識が必要な分野で、州によっても法律が異なったり、また法律は刻々と変化するということもあり、それを専門にした弁護士などに相談されることをお勧めします。Smart & Responsibleはパーソナルファイナンスの中の一要素としてエステートプラニングをカバーいたしますが、弁護士ではありませんので法的な手続きや詳細に責任をもつことはできません。以下に記しますことは、あくまでファイナンシャルプラニングの観点から見た場合の一般論としてご理解ください。

 

トラスト

トラストは日本語では信託と訳され、「信じて託する」と書きます。トラストは、ある人(たとえば亡くなった方の配偶者や子ども)のために、財産を所有する役目を果たす器と考えるとよいかと思います。

トラストという名の器をつくりその中に財産を入れ、信じて託する人をトラスター(委託者)、器に入っている財産から利益をこうむる人をベネフィシアリー(受益者)、器を管理する人をトラスティー(信託管理人)と呼びます。トラスティー(信託管理人)は信じて託されたわけで、財産管理をする上で常に、トラスター(委託者)の指定したルールに従うことと、ベネフィシアリー(受益者)の利益を最優先することが求められます。トラスティー(信託管理人)は、信頼の置ける個人にお願いすることもできますし、銀行や金融機関のサービスを利用することもできます。

トラストの利点は、資産を誰に相続するかということだけでなく、引渡しのタイミングや細かい条件など、必要に応じさまざまな設定を盛り込めることです。トラストに入れられた資産は、トラストで指定されたルールにのとって管理され分配されるので、プロベートの対象とはなりません。

 

トラストにはさまざまな種類があります。一般的に、トラストはお金持ちだけのものと思われがちですが、純資産(資産 – 負債)が$100,000以上で、下の条件のどれかにあてはまればトラスト作成を考慮してみる価値はあるでしょう。

 

  • 資産は、不動産、ビジネス、骨董芸術などが多い。
  • 子どもが小さいなど、何らかの理由で、すべての財産を即時に相続させたくない(何歳に達したら相続、3回に分けて相続、カレッジを卒業したら相続などような条件を設定したい)。
  • 残された配偶者が生きている間は、資産からの利子を配偶者が得、配偶者の死後には元本を子どもに相続など、込み入った分配を設定したい。
  • 遺産税の対象となる(エステートが$5.34ミリオン以上=2014年)がので、遺産税対策をしたい。
  • 障害や介護が必要な家族がおり、サポートのための資産を残しながらも、彼/彼女がMedicaidやその他政府の助成の資格を失わないようにしたい。

 

 

リビングウィル

 

リビングウィル(Living Will)とは、自分が病状末期(terminally ill)になって余命いくばくかとなった場合、延命治療を望む望まないか、どのような治療を望み、どのような治療は望まないかについての希望をまとめておくものです。心臓蘇生、人工呼吸器、経鼻経管栄養、人工透析、抗生物質投与、ペインマネージメント、臓器提供などについて、必要に応じ希望を指定します。死に至る前段階の準備で、これもエステートプラニングの重要な要素です。

州ごとに、病床末期と判断し、リビングウィルの希望に沿って延命治療をしないと(医師が判断してもよい)とする基準を定めています。病床末期とはどういう状態かについての定義があるということで、たとえば「余命6ヶ月以内」などというような解釈になっています。

 

Power of Attorney(委任状)

 

Power of Attorneyは、自分以外の人に自分に代わって決断をしてもらう力を委任する法的文書です。Power of Attorneyは、ある一部の部分だけ権限委譲をするものや、ある条件が満ちたときに権限委譲となるもの、包括的に権限を委譲するものなど、いくつかの種類があります。

エステートプラニングの一部として考慮されるべきは、自分で自分のことを判断できなくなった場合(英語でincapacitated)や、自分で処理ができなくなった場合、自分に代わって判断処理をしてくれる人を確保することです。自分の価値観を理解してくれる信頼できる人に委任をしておくと、もはや自分が機能しなくなったとき、自分に代わって治療法の選択をしたり、延命治療を拒否したり、銀行口座から支払いをしたり、投資を売ったり、投資口座を解約したりということを代行してもらえます。

反対に、Power of Attorneyがないと、これらのことを代理人がするためには、わざわざ裁判所に出向き、これらのことをする権限を付与してもらうという手続きが必要になります。コストと時間がかかる作業で、タイムリーな判断や処理ができなくなる可能性があります。

エステートプラニングでは、医療系についての権限委任をするMedical Power of Attorneyと、財務関係の権限委任をするFinancial Power of Attorneyとの2種類があります。前者は、Health care proxyとも呼ばれることがあります。また、リビングウィルと結合した形で、Advance Healthcare Directiveという名前で呼んだりする場合もあります。リビングウィルは、病状末期の場合だけに効力を発するものですが、Medical Power of Attorneyはより広範囲な権限の委任で、両方を備えることで自分の希望を明確にするとともに、希望が明確になっていない部分でも誰からが代わりに判断してくれるようにできます。

後者のFinancial Power of Attorneyは、代理人が本人の銀行口座から請求書の支払いをしたり、本人の不動産や投資などを売ったり、生命保険などの手続き変更などをしたり、税処理をしたり、リタイヤメント口座の維持をしたりなどができるようになります。代理人が本人に代わって財務関係の判断・処理をできる権限をもつことになります。

生前贈与(Gift)

 

いかに家族やその他の人(あるいは団体)に自分の資産を譲渡するかということは、自分が死んでからはじまるわけではありません。生前においても、Giftという形で資産を与えることができます。死後、資産を譲渡する場合は遺産税がかかりますが、生前に資産を譲渡する場合にかかるの税金は贈与税と呼ばれます。資産を移転するという意味では、タイミングの差こそあれ、遺産税と贈与税の意味は同じです。そのため、個人が生涯を通じて行う、贈与と遺産を一体のものとして課税し、贈与額と遺産額(課税対象エステート)の合計が$5.34ミリオン(2014)を超えると贈与・遺産税対象となるというシステムになっています。よって生前贈与を繰り返していると、その分だけ非課税で相続させられる財産が減るということになります。

ただ生前贈与には、おいしい特別措置があります。年に贈与対象ひとりあたり$14,000(2014年)までの控除枠が設定されており(夫婦ならば、贈与対象ひとりあたり$28,000)、これ以下の贈与はタックスリターンでも報告する必要がありません。夫婦で子ども三人に対して贈与を行うなら、1年間で$28,000x3人=$84,000まで、タックスリターンでの報告義務なしで贈与ができます。この控除枠は、課税対象の贈与額から完全に除外されるので、毎年この枠内で贈与を繰り返せばかなりの額を報告義務なしで委譲することができます。

また、この他に、誰かに代わり医療費を病院へ支払ったり、誰かのために学費を学校に支払ったりする場合は、これらの医療費と学費も報告義務なしで贈与することができます。これは上記の$14,000/$28,000にはカウントされません。支払いは病院や学校に対して直接支払うこと(贈与を受ける人に金額を渡し、その人が支払うのはだめ)が条件になっています。

$14,000なり$28,000なり、あるいは医療費・学費の直接支払いという条件を超えて贈与した場合はどうなるでしょう。その場合は、タックスリターンでの報告義務はありますが、贈与と遺産で委譲する資産が$5.34ミリオン以下である人なら、贈与税はかかりませんから、多くの場合は贈与税はあまり気にせず贈与してよいということになります。

死後資産を残すのもひとつの手ですが、もし家族や親戚が今お金を必要としているというのであれば、死ぬまで待たず今贈与するという選択も有効でしょう。今、与える・・という選択肢も、エステートプラニングという大きな枠組みの中でとらえていくことが望ましいということです。

 

以上、エステートプラニングの要素を見てきましたが、エステートプラニングが真に有意義であるためには、これらの要素がお互いに整合性がとれうまく調合されたものでなければなりません。タイトルやベネフィシアリーの設定、遺書の内容と、トラストの内容はお互いにコーディネートされ、生前に行われる贈与を考慮したものである必要がありますし、リビングウィルやPower of Attorneyも矛盾のないものでなくてはなりません。

 

トラスト作成の費用は、ベーシックなものであれば、他のエステートプラニングとあわせて$1,500くらいから、複雑度を増すについれ数千ドルほどといったところです。

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