GameStop事件 若い世代を守るために

1月末に起こったGameStop事件、まだ記憶に新しいですね。GameStopの株価は、たった9日間の間に$19.79 から $380へと値上がりしました(1,800%の伸び)。このブログは、長期インデックス投資を推奨していますので、読者の皆さんの中には個別株をデイトレードする方はほとんどいらっしゃらないのではないかと想像します。今回の事件、ソーシャルメディアやゲームAPPを使い慣れた若者を対象に、ゲーム感覚で株式をトレードする機会を提供するRobinhoodというAPPが絡んでおり、大きな問題提起のきっかけとなりました。お子さんや周りにいる若い世代と、投資のこと、株取引のこと、リスクのこと、お金を借りて投資するということなど、さまざまな話し合いが今必要ではないかと感じています。

SNS掲示板として人気の高いRedditというのがありますが、この中のテーマ別コミュニティのひとつWallStreetBets (WSB)で情報を交換した個人投資家たちが、GameStopの株をこぞって買い上げました。これを受けて、空売り(short sale;株価が下がることを見込んで、手持ち株がないのに株を「借りて」売りをかけ、株価が下がったところで低い値段で買って、最初に約束した高い値段で売ることで利ザヤを稼ぐ方法)をしていた大手ヘッジファンドが、膨らむ損失を止めるため焦って買いに走ることでさらに株価が上昇しました。$20弱だった株価が$380まで上がったのですから、その裏には大きく儲けた人と大きく損をした人が存在するわけです。

天国と地獄

まずは天国バージョンから。$80,000あまりの利益を手にし、$23,504あったスチューデント・ローンを支払い切った28歳の若者がいました。RedditのWSBに“I love you guys 😘,”の書き込みをしています。

ジョージア州の大学生は、$9,000程度の利益を上げ、その時点で約$12,000のスチューデント・ローンの返済にあて、負債残高を大幅に減らしました。

これらはある意味微笑ましい、よかったね!と言ってあげられることのようにも思えますが、状況はそれほど簡単ではありません。Redditユーザーの中には、周りの成功例を見て、スチューデント・ローンで借りたお金を株投資に充てるケースもでています。本来、Federalなど公的なスチューデント・ローンで借りたお金は、大学関連費用以外に使ってはならないことになっていますが、手にしたお金をすべて株での短期利益に賭け、そして失うケースも出ているようです。

悲劇に終わったケースも報告されています。ネブラスカ州の20歳の大学生が、Robinhoodで口座を開きました。祖父母などからもらった推測$5,000程度の貯金をもとに取引を始めました。両親も彼が株取引をしているのは知っていたそうです。両親が知らなかったのは、マネー知識も投資知識もあまりない彼に、大変複雑でリスクの高いオプション・マージン取引ができる権限があったことです。APPを使って取引をするうち、$730,000の損失を出しました。その後、彼はRobinhoodからメールを受け取り、$170,000をすぐに支払うようにと要求されます。Robinhoodはカスタマーサービスの電話番号を公開していないため、彼はメールで3度問い合わせをしています。「いったい何が起こったのか、そんなに損失が出るはずではないのではなか。よく調べてほしい。」というのが彼の主旨でした。そのたびに、「後ほど連絡します」の自動メール返信を受け取るのみでした。

そして彼は絶望の中で自ら命を絶ちました。その翌日、Robinhoodからは自動送信メールがきて、「あなたのケースは解決しました。あなたが支払うべき金額はありません。」という内容でした。実際のところ、$730,000の「損失」は実際はなかったにもかかわらず、あったように表示されていたということです。$170,000の支払い要求はなんだったのか・・など疑問も残ります。

ゲーム感覚の取引APP

RobinhoodをはじめとするトレーディングAPPは、ソーシャルメディアやオンラインゲームに慣れ親しむ若い世代をターゲットにしています。このブログを長くお読みいただいている方なら、長期投資と短期的投機の違いをよくご存じかと思いますが、トレーディングAPPが提供するデイトレーディングは後者の世界です。特定の会社や経済全体の成長に希望を置いて、お金を長期的に投じる長期投資とは違い、短期的な値の上がり下がりの中で、安い時に買って高い時に売るというタイミングのみに焦点が置かれます。この売り買いがスマートフォンで簡単にできるようになり、また簡単さだけではなくユーザーインターフェースが「改善」されて、どんどん「はまっていく、やり続ける、やめられない」しくみになっています。まさにゲーム感覚で、私たちの子どもたち、甥や姪たちが株式市場をバックグラウントにした「ゲーム」にのめりこんでいく可能性があるのです。

これらのAPPは、初心者でも簡単に始められ、「無料で」取引ができ、無知でも「勝ち」が経験でき、「もっと儲けるために今すぐアクション!」するように勧められ、うまくいくと画面いっぱい紙吹雪が散り・・・と、いってみれば、スマートフォンにくぎ付けにする多くのゲームやソーシャルメディアと同じように、一種の中毒症状を作り上げていきます。参加者がしていることは、決して「投資」ではなく、もしかしたら「投機」でさえなく、ただのギャンブルゲームです。でも、実際のお金がかかわるゲームです。

これらのAPPは新しくサインアップしてトレードを開始するまでにわずか数分しかかからないものも多いそうで、新しいユーザーに投資や投機やリスクについての知識を提供するなどという悠長なことは全くすっとばして、すぐに売り買いへと導くそうです。

何もしないインデックスベースの長期投資では、値動きを追いすぎたりニュースを見すぎると、つい売ったり買ったりしてしまうので何も見ない聞かないことを推奨していますが、これらのAPPはまさにその反対をします。いったんAPPから離れていても、テキストやメールで現在の株価などのアップデートを継続的に送り、今アクションをとった方がよい理由を提供し続けます。APPのディベロッパーは、オンラインポーカーやカジノのブラックジャックで参加者がやめられなくなる心理ポイントをわきまえていて、同じセオリーを使ってAPPを作りこんでいます。ドーパミンが出て「ハイ」になるポイントをちりばめ、「Get rich quick」という心の中の要求と、「チャンスを逃したくない、取り残されたくない」というおそれを最大限に利用するのだそうです。

話しておく

私もRegistered Investment Adviser(RIA)であり、投資商品を直接販売することはありませんが、投資アドバイスを売る者です。RIAにはSECや州当局から厳しい準拠ルールが課せられています。開示情報から宣伝の仕方までいろいろルールが決まっています。RIAにとっては、顧客に投資リスクを説明しないでトレードさせる・・などということは不可能だと思うのですが、APPの会社はそれをどう潜り抜けるのかは本当に理解に苦しむところです。とにもかくにも若い世代に、基本的なお金への姿勢や、投資とは何か、投機とは何か、どうリスクをとるべきかなどの話をきちんと早めにしておくことが必要なのだと思わされました。

ある専門家が書いていたことですが、いったんAPPで「勝ち」を経験してしまった子どもに、「それはキケンだから長期投資がよい」などと言っても、なかなか受け入れてもらえないと。Robinhoodを使う歳にはまだなっていない小さな子どもに対しても、お金の話は早すぎることはないかもしれません。自分が負けても責任が無理なく取れる範囲でのギャンブルを覚悟の上するならばそれは悪くはないかもしれないが、お金を増やすための投資運用にはギャンブルは無縁であることをしっかり話しておくのがよいかもしれませんね。

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3 comments

  1. いつも有益な情報をありがとうございます。
    息子が12歳で、そろそろお金の勉強を始められたらと考えていますが、この記事をみて、少し怖くなりました。Appでリスクのあるものまで、手軽に手を出せるようになってきているのですね。
    Giftにおもちゃをあげる代わりに株をあげようというコンセプトのStockpileというサイトがありますが、これは、一応長期投資だし、良さそうに思えるのですが、ご意見いただけるとありがたいです。

    1. ナイフもおいしい料理にでも人を傷つけるのにも使えるように、APPも良くも悪くも使えると思います。長期投資を教えてあげるために使うならそんなによいギフトはないと思います。必要なのは、きっとコミュニケーションなのでしょうね。APPにコミュニケーションをまかせるのは少々怖い(私はStockpileというAPPは全く存じ上げませんで、詳しくは語れません)ですね。APPがどうやって儲けているかなどを調べるのはいいかもしれません(トレードさせて儲けるのか、借りさせて儲けるのか、それとも教育で儲けるのか・・でビジネス目的なども変わってくるでしょう)。でも一番はご両親の投資への考え方や、どんな投資法がいい悪いは別にして、「なにをどう考えてどう判断するか」ということを食卓で話すだけでもかなり威力があると思います。

      1. 早速お返事いただきありがとうございます。
        おっしゃる通りだと思います。
        どちらにせよ、親が一緒に教えながら投資する必要がある年齢ですよね。
        このアプリは、親とジョイントアカウントで口座を開き、親の許可なしにお金を動かせない仕様になっています。大人の株式投資と同じく、手数料で儲ける仕組みです。
        クリスマスや誕生日など、親族からたくさんプレゼントをもらい、物が溜まることに抵抗をもつ親を対象に生まれたサービスのようです。
        指定できる銘柄も多く、子供が株式投資を学びながらスタートするのには良さそうに見えます。
        もし、どなたかが興味あれば、お役に立てれば幸いです。

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