リタイヤメント資金を長持ちさせる・・・

ファイナンシャルプラニングをする場合、現在デフォルトで使われる平均寿命予想値は95歳です。寿命の延びとともに、リタイヤする年齢も少しずつ上がってきてはいるものの、限られた労働期間で長いリタイヤ期間をサポートするという傾向が進んでいくと予想されます。一般的な傾向として、私たちはリタイヤメントについて、その資金準備期間に注目を当てがちです。しかしながら、本当は貯めるだけ貯めてリタイヤしたらそれでよし・・というものではなくて、実はその後の資金を「使う」フェーズでのプラニングが非常に、非常に、非常に大切です。前回の記事では、比較シンプルに運用してよい貯める期間に対し、リタイヤメント後の使う期間は細やかなプラニングが必要になることを書きました。俗に言われる「引き出し率=4%なら安全」というような短的なルールではなく、さまざまな個人的な状況を鑑みながら、さらに年々の市場の動向を押さえつつ投資ポートフォリオから引き出し+維持運用していくことが大切であることも書きました。今回は、ではそれをどう実行していくかを考えます。

 

元本をなるべく減らさないこと

元本をなるべく減らさないこと、これは誰も望むことですが、その重要性はリタイヤメント後の生活においてはとくに重要なことです。株式市場は緩やかに変動するときもありますが、大きなマイナスになったり大きなプラスになったりと激しく動くことも決して珍しくありません。リタイヤメント前の積み立て期間では、ある年に元本がガンと減ったとしても投資を続ける限りまた値が元に戻り、さらにはそれを超えて伸びていく可能性があります。リタヤメントまでの期間が長ければ長いほど、その可能性は大です。

ところがリタイヤメント後になると、毎月生活費としてお金を引き出すので、ただでさえ元本が減っていく(十分な利回りがあって引き出しても元本が減らないのでない限り)うえ、市場動向が思わしくないと投資ポートフォリオの額がガクンと激減することになりかねません。この市場動向は、自分たちの努力ではどうにもならない部分であると同時に、リタイヤメントのどの時期に市場好調期がきて、どの時期に市場不調期がくるかによって、リタイヤメント資金が一生涯もつか、それとも中途で枯渇してしまうかの差がでます。

例を見て見ましょう。5年間のシンプルな例にしました。ここではリタイヤした時点での元本(初期投資元本)は$100,000、その後毎年年間$10,000ずつを5年間引き出すとします。年々の利回りはケース1では初期の1年目、2年目に好調で15%、7%ときてから、3年目で0%になり、4年目、5年目ではマイナスに転じ-18%と-25%となります。反対にケース2では、この利回りの数字はまるで一緒ですが、ただ逆転しています。ケース1)とケース2)では利回りの成績の順序が逆になっているのがおわかりでしょうか。ケース1)は好調期があってから不調を迎えた場合、ケース2)は不調期があってから好調期があった場合です。

market and retirement withdrawal

ケース1)では5年目の投資ポートフォリオが$40,000近くで残っているのに対し、ケース2)ではほぼ$20,000と半分になっています。これは、ケース1)では初期に好調な投資成績で、毎年の$10,000の拠出にもかかわらず元本が増えたのに対し、ケース2)では初期のネガティブ成長で元本が大きく減った上に、年々$10,000ずつの拠出もあいまって、3年目で$33,300まで元本が激減してしまっていることに差があります。ケース2)ではその後市場は好調に転じますが、そのときには元本がすでに激減しており、値上がりの効果を十分に享受しきれない状態になっています。

これはたったの5年間だけのシュミレーションですが、リタイヤメントでは25年、30年という期間での話となり、また投資の元本もそれなりに大きいでしょうから、この市場の好調・不調の順序というか、サイクルというようなものは、非常に大きな影響力を持ちます。

ちなみに以前の記事でも何度も申し上げましたが、これが貯めている期間であればこの市場の好調・不調に影響を受ける確率はぐんと下がります。貯めている期間には元本の引き出しがなく、値が下がってもそのまま持ち続けることになりますから、サイクルが上向いたときに、値戻し、ひいては値上がりを享受できる場合がほとんどだからです。

ということで、貯める期間とはちがい、使う期間では市場の動きを見つつ、引き出さざるを得ないお金は拠出しながらも、投資ポートフォリオの激減を避ける方法を工夫していくことが必要です。この元本をいかに温存していくかという課題に真剣に取り組まねばなりません。

 

通称「バケツ戦略」

この投資元本の温存策として挙げられるのが、通称「バケツ戦略」です。全体の投資ポートフォリオを3つのバケツに分類し・・

  • 一つ目のバケツには当面の生活費をカバーできるだけの現金相当品(現金、セービング、マネーマーケットなど)
  • 二つ目のバケツには短期債ファンドを中心に中期的(3年から10年程度の利用をめどに)な運用をするもの
  • 3つ目のバケツには成長が見込める株式ファンドと債券ファンドを組み合わせた長期的(11年以上)な運用をするもの

を入れます。これだけ聞くと、ただのアセットアロケーションと同じことではないかと思われるかもしれませんが、ポイントはそれぞれを別々のバケツに入れて別くくりとして分け、お金の出し入れする場所を分けることにあります。

たとえば、今人気が出てきているターゲットデイト・ファンドというものがありますが、これは年齢によってアセットアロケーションを自動的に調整してくれるもので、リタイヤメント後はたとえば株式比率40%、債券比率50%、現金相当品10%となどのようにリスク低のアロケーションに変わっていきます。ところが、このターゲットデイト・ファンドはアロケーションはされていても、中でそれぞれがバケツで分かれているわけではないので、もしお金を拠出したとすると、株も債券も現金もそれぞれ40%・50%・10%のミックスで現金化することになります。お金を引き出すためには、売りたくないのに株も売らねばならないという状況にも陥ります。

バケツ戦略は、これらを明確に分かれたバケツ(といっても概念的なもので、実は現金相当品口座、債券ファンド、株式ファンドとにお金を分けて入れるということですが)で管理し、お金を引き出す場合は、現金相当部分から拠出し、債券ファンドや株式ファンドには触らないということを意味しています。現金バケツはつまるところ、市場が不調で株式ファンド(あるいはもちろん債券ファンドでも)が激減したときにも、それには手をつけず温存し、将来の値戻し+値上がりのために保護しておくための、当面の生活費を入れておく場所ということです。

 

バケツ戦略のトレードオフ

この一見理にかなったバケツ戦略ですが、欠点もあります。まずバケツにいくら入れればいいのかという問題があります。株式市場が下落してからどのくらいで値を戻すかについてはいろいろなパターンがあるかと思いますが、少々長い不景気でも乗り切れるようたとえば3年分の現金をとっておこうとしましょう。月々の生活費で必要な額はたとえば$3,000とすると、一年で$36,000、三年分だと$108,000となります。この現金バケツ、$108,000も入っていても、セービングやCDやマネーマーケットに貯蓄されるだけでほとんど利回りを生みません。現金バケツにお金を入れておけば、それ以外の長期的成長を見込む株式・債券投資バケツが少なくなるということで、ここに究極のトレードオフが発生します。

現金バケツが十分でなければ、市場の不調時に頼るお金がなく、仕方がなく値下がりした株式や債券を売らざるを得なくなります。反対に現金バケツがあまりに多すぎると長期的にリタイヤメントをサポートするために十分な投資利回りが期待できないというトレードオフです。このトレードオフを考慮しながら、投資ポートフォリオの大きさ、ソーシャルセキュリティベネフィトの大きさ、その他ペンションなどの有無、月々の生活費を考慮しつつ、6ヶ月から1年分くらいの生活費を現金バケツに入れることが一般的に適切なようです。

 

リバースモーゲージをバックアップ策として使う

現金バケツの確保には上で書いたようにトレードオフがともないます。投資利回りをできるだけ犠牲にせず、かつ生活費はきちんと確保するための方法はないものでしょうか。そこで、探現金バケツが足りなくなったときのバックアップ策としてリバースモーゲージ(自分の住んでいる家のエクイティを担保にお金を借りるしくみ)を使うという方法が考案されました。ほとんど利回りを生まない現金バケツに入れるお金は最低レベルの生活費6か月分ほどに設定し、通常はそこからお金を引き出して使います。株や債券ファンドの長期投資バケツは、現金バケツとは切り離し運用されます。現金バケツの中身が少なくなった場合、市場が好調で「売り」に適していれば長期投資バケツの一部を換金し現金バケツに入れます。反対に、市場が不調であれば売ることはせずそのまま長期投資バケツには手をつけず、その代わりリバースモーゲージによってお金を借り現金バケツに入れます。その後市場が好調に転じ、長期投資バケツの換金が好ましい状態になれば、その時点でリバースモーゲージから借りた分を返済します。

こうすることで、市場が不調のときに泣く泣く投資を売って換金することを免れるとともに、必要な生活費のための現金バケツは確保するということが可能になります。ただし、リバースモーゲージは万人に向くものではなく、手数料が高かったり、そもそも個人的な状況がリバースモーゲージには向かないということもありますから、慎重に利用すべきえす。このようなやり方が向く方は、すでにモーゲージを返済しきっている(かあるいはそれに近い)持ち家を持っている方で、今後もその家に住み続ける予定の方です。2010年に導入されたHome Equity Conversion Mortgage (HECM) Saverというプログラムを活用し、Life of Creditを開いておくことで、ここで紹介したようなフレキシブルな使い方ができます。実際、リバースモーゲージを現金バケツのバックアップとして使うとリタイヤメント資金を枯渇させず長期的に維持できる確率が高まるというリサーチ結果も出ています。利用は慎重に運びたいですが、正しくセットアップすれば非常に心強い味方になります。

リタイヤメント資金を枯渇させずうまく運用しながら、生活費を確保する方法を考えてみました。これらの方法は、あくまでそれぞれの方の状況を見ながらカスタマイズしていく必要があります。Smart & Responsibleではプラニングサービスでこれらのご相談を承っています。よろしければご利用ください。

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