変化する金融市場(2) ~アメリカ市民権、永住権の放棄と離脱税

Last Updated on 2021年10月3日 by admin

前回は、市民権、永住権を持っている場合の義務や規制について、FATCAと絡めながら見てみました。市民権、永住権を持っている限り、私たちは世界のどこに住んでも、全世界所得についてアメリカへの納税義務があり、FATCAという法律後は、世界に持つ金融資産についてアメリカへの報告義務ができ、さらには私たちが口座を持つ世界の金融機関も私たちの金融資産についてアメリカへの報告義務が生まれたことをまとめました。

市民権、グリーンカードの放棄急増

このような変化を背景に、US Person(市民権・グリーンカード保持者)の中に、それを放棄する人が増えています。以下は、市民権を放棄した件数の変遷です。2010年以降、大きく増えているのがわかります。

Source: tax-expatriation.com/

グリーンカード保持者がグリーカードを返上するケースについては同じようなグラフはありませんが、少なくとももうアメリカに住むつもりがないというのであれば、毎年タックスリターンをするのも、アメリカ滞在日数確保もだんだんと面倒になるでしょうから、返上は自然なシナリオだと思います。

ちなみに、グリーンカード返上のためには、Form I-407, Abandonment of Lawful Permanent Resident Status.を記入し、USCISに送付するという比較的簡単な手順で済むようです。今のところ手数料はありません。一方で、市民権を放棄するほうはもう少し大変で、アメリカ大使館・領事館に足を運び、何度かミーティングを行ってから書類にサインすることになるようで、こちらには高額の手数料があります。市民権の放棄件数が上がり始めたのち、2014年に手数料が  $450 からなんと $2,350に値上がりました。この額は、他の国の国籍放棄にかかる料金に比べて20倍というレベルでショッキングなレベルですが、なんというかアメリカはとにかくアメリカです。どう転んでもお金がかかるというか。。。

離脱税の対象者

市民権にせよ、グリーンカードにせよ、放棄をする場合には、Exit Tax(離脱税)という税金が課せられる可能性があります。

市民権を放棄する場合は、以下の対象となる条件が一つでも合致すれば離脱税の対象者(Covered Expatriateという)となります。

グリーンカードの場合は、放棄した年から遡って過去15年間の内8年上グリーンカードを保持した長期居住者が放棄した場合において、以下の対象となる条件が一つでも合致すれば離脱税の対象者(Covered Expatriateという)となります。

離脱税の対象者(Covered Expatriate)となる条件:どれか一つでも合致すれば対象(すべて2019年の数字)

  • 過去5年間の平均所得税額が$172,000(2021年)を超える離脱者(所得税額です。所得ではありません。大まかな目安で年収$500,000~$600,000レベルを超える方)
  • 放棄日時点での純資産額が $2ミリオン以上ある離脱者
  • 過去5年間の所得税申告の提出を証明できない離脱者

離脱税の対象となると

上のテストで離脱税の対象者(Covered Expatriate)となった場合は、市民権にせよグリーンカードにせよそれを放棄した日の前日に、すべての財産(以下の対象外資産を除く)をその時の市場価格で売ったと仮定し、発生するであろうキャピタルゲインに対して課税がなされます。なお 控除額(Exempted Amount)の設定があり、2019年時点では$725,000です。

これは個人が、後日、金融資産や不動産を売却してキャピタルゲインがあったとしても、もはやUS Person(市民、グリーンカード保持者)でなくなったことによりアメリカに課税権がなくなり、キャピタルゲイン税をとり損ねることがないように、離脱に際しあらかじめ課税することを目的にしています。

このキャピタルゲイン課税の対象外となる資産(Excepted assets)が定められています。これらの資産は、以下の2つのグループに分かれ、キャピタルゲイン課税の対象とはなりませんが、それぞれの定めらたルールによって課税がされます。ひとつめはSpecified tax-deferred accountsと呼ばれる多くのIRAや529などの税優遇のある口座です。これらは、市民権にせよグリーンカードにせよそれを放棄した日の前日に、前残高を引き出したとみなし、その引出額に対して課税されます。

Specified tax-deferred accounts

  • IRAs (Secs. 408(a) and 408(b))
  • 529 accounts,
  • Coverdell savings accounts (Sec. 530),
  • Health savings accounts (Sec. 223), and
  • Archer medical savings accounts (Sec. 220) (Sec. 877A(e)(2))

さらには、Deferred compensationと呼ばれるペンションやストックオプションなどなどの口座で、それらはさらに “eligible” か “ineligible”に分けられ、それにより、離脱時には課税されずその後お金を受け取る都度30%の固定課税がされるか、あるいは.市民権にせよグリーンカードにせよそれを放棄した日の前日に、一括で全額を受け取ったとみなして課税がされます。

Deferred compensation

  • a plan described in Sec. 401(a) that includes a trust exempt from tax under Sec. 501(a);
  • an annuity plan described in Sec. 403(a)
  • a Sec. 457 plan
  • an annuity contract under Sec. 403(b)
  • a simplified employee pension under Sec. 408(k)
  • any simple retirement account under Sec. 408(p)
  • a trust described in Sec. 501(c)(18)

Covered Expatriateとなる可能性は専門の弁護士・会計士さんに早めの相談をお勧めします。

計画的な離脱を試みる

ということで、市民権やグリーンカードの放棄をお考えならば、ある程度年数の余裕をもってあらかじめ準備をしていくことが必要かと思います。そもそも離脱税の対象者(Covered Expatriate)に該当しないよう、もしも年収の調整が可能であれば所得税が限度以内に収まるように収入を得る、あるいはキャピタルゲインが甚だしい資産は、放棄をしない配偶者名義にするなどの計画も有効かもしれません。また、通常、自宅を売却した場合、一人につき$250,000、夫婦二人で$500,000のキャピタルゲイン控除がききますが、市民権・グリーンカード放棄によるみなしキャピタルゲイン税の計算では、このような控除は効かないようです。自宅を手放しての帰国に関しては、あらかじめ売却し通常のタックスリターンでキャピタルゲイン税控除を受けて現金化したうえで、放棄へと進むなどの工夫も必要かともいます。離脱をお考えの場合は、専門の弁護士などへ早めのご相談をお勧めします。

さて、離脱する場合でも、長らく暮らしたアメリカには、リタイヤメント資金などの口座を残していく場合が多いかと思われます。次回は、アメリカに残す口座の維持について考えます。

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27 comments

  1. 目からうろこの情報ありがとうございます。
    内容を読んで感じたことは老後の事を考えるとExcepted assetsのリタイアメント口座などに資金をためる方法が私にマッチすると思いました。リタイア後を日本で考えた場合、アメリカで所得税を払ってから日本に払う形になるのでしょうか?(ある部分は控除できるのでしょうか?)
    宜しくお願い致します。

    1. 市民権、永住権を放棄され、リタイヤメント口座からの引き出しを日本から受け取る場合の所得税でしょうか?
      簡単にお答えできず、今後関連記事を掲載していく予定ですので、しばらくお待ちください。

      1. 説明不足ですみません。永住権・市民権を保持して日本に住んだ場合、アメリカに確定申告は必要だと思いますが、別途で日本にも確定申告をする必要があるという事でしょうか?
        今後の関連の記事に掲載して頂けると助かります。

        1. 日本にお住まいになり、アメリカからであろうがどこからであろうが、年金やその他の所得があれば(額がある程度以上ならという下限設定はありますが)日本で確定申告をすることになると思います。今後の記事である程度のことをカバーしています(日本の確定申告の詳細については、私の専門でないので取り上げられませんが。。)。

          1. 日本の年金は税務署へ申告し、アメリカのIRA引き出しはIRSに申告と別々に申告する必要があるという事ですね。ありがとうございました。

          2. いいえ、永住権・市民権をお持ちで日本に住む場合は、全世界収入について日本で確定申告し、同じ全世界収入についてアメリカでタックスリターンすることになると思います。ただし、同じ収入に対して二重に税金を納める必要がないように、どちらかで支払ったものをどちらで外国税控除(Foreign Tax Credit)として控除するということができます。

  2. 為になる情報ありがとうございます。今まさに日本へ永久帰国をするところで、疑問に思っていたところを記事にしていただき、感謝しております。
    グリーンカードを維持するかどうか、悩んでいました。
    今グリーンカードを持って6年ですが資産はそこまでないので、8年を目処に放棄の手続きに入れるよう調整していきます。

  3. 大変貴重な情報をありがとうございます。
    純資産を計算する際は、配偶者とのJoint Accountは 50:50で総額を分ければよろしいのでしょうか。
    よろしくお願いします。

    1. はい、専門家からそのように聞いております。ただ、ルールも変わることもありますし、適宜しかるべき専門家にご確認くださいませ。

  4. 米国での年金を貰い始めて6年以上になりますが、グリーンカードから市民権に切り替えて3年になります。でも、やっぱり日本に帰ろうかな、とか他の国に移住しようかな、とか考えております。 最初の疑問は米国を離脱すれば年金は貰えなくなるのか、ということですが、教えてください。 もう一つの質問は日本に一時帰国したときに米国大使館で手続き申請できるのですか? それともやっぱり米国での申請が義務付けされるのでしょうか? 宜しくお願いします。

  5. 色々な情報参考になります
    将来グリーンカード放棄を考えています
    離脱税の対象者(covered expatriate)とならなければ,
    キャピタルゲイン課税の対象外となる資産(Excepted assets)にもexit tax として課税されることはないのですか
    よろしくお願いいたします

    1. Exit TaxはCovered Expatriateとなったときに適応される税なので、Covered ExpatriateでなければExit Taxがかかることはありません。

  6. いつも参考になる記事をありがとうございます。

    若気の至りで米国籍を取り、その後帰国して在留資格一年のが取れました。まだまだ更新をスムーズにできるか安心はできないところです。ソーシャルセキュリティーも受給し始め、あとはゆくゆく米国籍を破棄するだけでしたが…。

    しかし、最近「海外での引退」に興味を惹かれています。アメリカ合衆国以外でです(笑)。もしそれを実現させるなら、もしかしたら米国籍をそのままにしておいた方がいいのか、それとも三ヶ国にまたがって事務処理するのは大変なことになるので、焦らず米国籍破棄を第一にやってしまうべきなのか。

    これはどこに尋ねるのがいいのか迷っています。うっかりしたことを身近な人々に言うわけにいかないのです。

    不思議なことに「引退者ビザ」を発行する国はたくさんあるのです! 投資ビザほど莫大な資金を用意しなくてもいいようなので、考えるだけでワクワクしてます。

    何か情報をお持ちでしたら、よろしくお願いいたします。

    1. へえ!楽しそうですね。
      私はリタイヤはもう少し先になりそうですが、その後どこに行こう(私は中期滞在であちこち住んでみたいです)とたまに夢見ては楽しんでいます。
      ビザのことは全く素人でわかりませんのでお役にたてませんが、楽しい移住が実現ししますように!

  7. 出国税の一つの壁の純資産額が2ミリオンとなっていますが、1申請(例えばJoint 申請)についての金額ですか?
    それとも申請する1人当たりの金額ですか?であればシングルファイルで申請すればハードルはかなり下げられるのではないでしょうか?

    1. Green CardやCitizenshipは個人ベースなので、出国税も個人ベースです。Joint申請というのはありません。一人当たりの金額です。資産の振り分けで、おっしゃるようにハードルは下がります。

      1. 有難うございます。
        もう一つ質問があります。
        日本の公的年金(厚生、国民年金)に対してもIRSに税金を払っていますが、出国税でも対象になるのでしょうか?
        他国の政府年金でもあり、そうあって欲しくはないのですが、もし対象になるのでしたら、どのように計算するのでしょうか?アメリカ人の平均寿命まで計算してくるのでしょうか?

        1. 平均所得税額が$172,000(2021年)を超える・・という条件なので、所得税の課税所得に日本の公的年金が入っていれば、対象になると思います。タックスリターンに含まれているので、それが計算かと。。

  8. 私の質問が不明ですいません。
    私の平均所得税額は遥かに下でクリアしていますが、総資産2ミリが引っ掛かりそうです。この場合でも公的年金は出国税の対象になるのでしょうか?
    またフォーム8854における公的年金の総額はどのように計算されるのでしょうか?

  9. 有難うございます。
    他国の公的年金までIRSの管理下に置くなんてショックです。
    もう一つ質問です。
    例えば、総資産が$2,100,000で出国税の対象になりますが、2ミリを上回る10万ドルのみが税対象になるのですか?
    あるいは2,100,000-控除額725,000=1,375,000に対して税対象になるのでしょうか?もし後者であれば、たった10万ドル超過しただけで大差がついてしまいます。

    1. 後者だと思います。先のCDH会計事務所が、日米関係の税金を詳しく抑えています。私はざっくりと押さえているだけなので、そちらに直接確認いただくのが安心化と思います。こんなビデオもありました。

  10. 有価証券を持っていて2ミリに引っかかる場合、例えば前年度末までに現金化して翌年に確定申告で税金を払い、その後に市民権放棄みたいなことも可能なのでしょうか?

    要はキャピタルゲインが控除額725,000を下回るところまで現金化すれば出国税の対象になっても取られないってことですよね?

    1. 私出国税は勉強不足ではっきりしたこと言えないのですが、おっしゃる通りのように思います。ただそうすることでトータル支払う税金が少なくなるかというと(売る時の値段が同じだとしても)変わらないのではないかと思うのですが、どうでしょうね。しかも売ってしまえばい投資がそこで終わってしまうということもあり、どっちがいいかは吟味が必要ではないでしょうか。

      1. ご返信ありがとうございます。仰る通りだと思います。中々難しいですが、725Kの控除が大きいので実際にはあまり取られないかもしれませんね。

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