前回は、デパートの「正規価格」のつり上げ操作に話の端を発して、価格と価値の違い、顧客の認知価値を引き上げようと企業はさまざまなマーケティングを仕掛けてくることなどを考えてみました。衝動買いはもとより、後で「買わなければよかった」「買わなくてもよかった」と思うような買い物を防ぐためには、日ごろから自分の価値基準を磨いておくことと、企業のマーケティングによって無意識のうちに認知価値が上がった可能性はないかをチェックすることが役に立つという話で終わりました。今回は、では実際どう取り組めばいいのか考えてみましょう。
自分の価値基準を磨いておくこと
前回書きましたが、ある物を見たとき、それに対して私たちが「これは○○ドルの価値がある」と数的価値をつけることはなかなか難しいわけです。ただ数字化できなくとも、自分の必要とするもの、必要としないものについて日ごろから考えをめぐらして置き、価値の判断基準をつくっておくことは十分可能です。
必要さ、有用さを考えておく
日ごろから、自分がいま必要としているもの、あったらとても便利だと思うものについて考えておくとよいでしょう。たとえば、服であれば、具体的にこのような材質、形、色で、これこれこういう機会に着ることができるものが必要だ・・というように認識します。何かの道具であれば、このくらいの大きさでこのような用途に使えるこういう仕様のものが欲しい・・というように想像します。実際に今買いに行く急な必要がないなら、とりあえず想像を膨らませて認識しておくことで、その要件に合うものにお店で出会ったとき、ある程度の価値基準ができていることになります。
あるいは過去に買ったものを振り返るのもいいと思います。とくに過去に買ったけどあまり活躍しなかったもの、有用でなかったものについて考え、なぜその時は有用と思ったけど、実際はそれほどの価値がなかったかを反省します。
たとえば、私の反省はフードプロセッサー兼ミキサーのNinja(ご存知でしょうか?)です。刃が鋭くかなりパワフルで、チョッパーにもミキサーにもなるというフレ込み。パン生地なども練ることができるし、氷もクラッシュできるのでスムージーもできます。これは価値があると購入したわけですが、実際使うと玉ねぎをチョップするとみじん切りではなくドロドロになってしまう、パン生地は考えてみれば他にブレッドメーカーを持っているのでわざわざNinjaを使わなくてよい、スムージーは最初は物珍しく作ったけど最近はとんと作らない・・それにパワフルなのはよいがその分大きくて重い。結局、ほとんど使わずじまいです。それ以降、私のキッチン電化製品への価値基準は変わりました。1)重くて大きい、2)多機能のものは要らない。つまり、1)小さくて軽量、2)必要な機能だけを備えたもの でなければ、価値があるとみなさないということです。その後、どんなに便利そうにうたっているキッチン電化製品もこの価値基準に合致しなければ、見向きもしなくなりました。結局よく考えて、Ninjaの小型チョッパー(小型、軽い、チョッパー専用)を$14で買いましたが、とても活躍しておりパッピーです。
つまるところ、私はチョッパーが必要だったのです。しかも料理の最中にカンタンに出し入れできる軽く小さいものを。他の機能は、他の器具でもうカバーされているか、本当に必要なものではなかったということです。何が自分に必要なのかを、またその物に望む条件について日ごろから考えておく必要はここにあります。
比較データ収集をしておく
前にも書きましたが価値基準は比較と相対のなかで磨かれます。自分の必要にあうような物にはどんなものがあって、それらがいくらくらいで売られているのかの情報収集を、実際に購入に至る前からなんとなく積み上げておくと、その情報が非常に役立ちます。同じ品物でもお店やオンラインサイトが違えば値段も違うでしょうし、同じ品物でなくても違うメーカーでもいいかもしれませんし、またちょっと違う品物で機能を代替するということも可能かもしれません。それぞれどんな値段で売られているか、あらかじめ見ておくことが有益です。ウィンドショッピングも、物と値段のデータ蓄積に役立ちます。
何か欲しいものを見つけたとき、英語で“Sleep on it!”といいますね。すぐに決断しないでちょっと待ってから買いなさいということですが、待っている間に、1)それが自分の必要に本当にあっているかとともに、2)他のお店やメーカーで買うもの、代替品などと比べてよい決断かを、少し冷静になって判断できるということです。日ごろから自分の必要、自分なりの意見、比較データをいろいろなものに対して蓄積しておくと、価値基準ななんとなく固まってきて、Sleepしている間の比較検討がうまくいくという寸法です。
事実とマーケティングを区別する
お店であるいはオンラインで、自分の必要に合いそうな物に出会ったとき、品物を吟味しますね。お店なら、実際に物を手にとってつくりや質を見るとともに、値札やラベルを見るでしょう。オンラインなら、値段と仕様情報を確認するでしょう。このとき、目にする情報をふたつの種類に分けることをお勧めします。一つは事実、もう一つはマーケティング情報です。事実は、実際の売値(正規価格やパーセントオフの数字ではなく実際に購買するときの最終価格)、仕様情報、手に取った時の質などで、その物に関する実質的な情報です。これは、上でとりあげた自分なりの価値基準と比較して、買うか買わないかを決めるにに有用な情報です。
一方、マーケティング情報は、英語でPersuadersと言いますが、企業が顧客に購入というアクションをとるよう説得する要素であり、まさに認知価値を上げるなど、事実とは関係ない部分であり、感情に訴えるものです。
認知価値を上げるためにいくつかの方法があるようですが、よくあるのは先にも書きました価値判断の基準値を操作する方法です。
いくつかリサーチ例をご紹介しましょう。
意味のない選択肢のはずなのに・・・
とあるオンラインサイトで下記のような商品ラインナップが提示されました。とある情報誌の購読についての選択肢です。
- Webオンンリーの購読 $59
- Newspaperオンリーの購読 $125
- WebとNewspaperの購読 $125
一見すると2つめの選択肢は無意味に思われます。なぜなら、3は、2と同じ値段でWebとNewspaperが購読できるので、誰もが3の選択肢を選ぶだろうからです。ところが結果を見てみると、この2つめの選択肢は大きな存在意義があるそうで、この選択肢は比較の基準値の役割を果たし、顧客は2と3を比較し、相対的に選択肢3に「お得である」という認知価値をつけ、結果的に3を選んで購読するという行動が多くみられたそうです。通常、顧客は自分の持つ価値を基準にできるだけ安く買い物をしようとするのですが、選択肢2と選択肢3の比較を提示された瞬間に、自分のもともとの価値は影が薄くなり、代わりに選択肢3に知覚価値をつけ購入するに至る・・という具合です。
ちなみに選択肢2を抜いて、下記のように選択肢1と3だけの提供にするとどうでしょう。
1. Webオンンリーの購読 $59
3. WebとNewspaperの購読 $125
こうなると、選択肢1と3の差があまりにも激しすぎて基準値は消え、顧客はNewspaperの必要性に低い価値をつけ、Webだけで十分だいう考えを正当化しようとするのだそうで、結果的に選択肢1を選ぶ人が増えたそうです。
注目すべきは、本来はWeb購読とNewspaper購読のそれぞれの価値は各個人にとって一定のはずなのに、値段ラインアップのせいで認知価値が変わり、最終的に選択するサービスまで変わってしまうとういことです。
比較させないようにされる?
チューイングガムで行われたリサーチです。消費者がガムを買うか、買わないかを調べます。
- ふたつのガムがあり、どちらも同じ値段63セントで売られた場合
- ふたつのガムがあり、ひとつは62セント、もうひとつは64セントで売られた場合
を比較した場合、Aでは46%がどちらかのガムを買いました。残りの54%はガムを買いませんでした。一方、Bでは77%がどちらかのガムを買いました。買わなかったのは23%にすぎませんでした。この裏にあるのは、消費者にとって購買の決断をするときに比較という作業が必要であると、消費者は購買に慎重になるということです。値段的に62セントと64セントは、ほぼ差のない値段であるにもかかわらず、この違いが比較(この場合は単に値段の差)を簡単にし購買を促進したわけです。その簡単な比較の結果、どちらかが、どちらかの基準値的な役割をし(この結果だけでは、どちらを買ったのかはわかりませんが)それぞれの消費者がよりベターと思われるほうを買ったわけです。反対に、どちらも63セントと値段が一緒であると、消費者は値段以外の要素でどちらの商品を選ぶかを比較する必要があります。しかしながら、これは単なる数字の差ではないので少々面倒です。ガムの味は噛んでみないとわからないし、パッケージの色ぐらいしか判断要素はありません。比較が難しくなったことで購買決断への壁が高くなり、最終的に「買わない」という決断をするに至ります。
裏返すと、比較するということが、賢い消費の(少々面倒ではありますが)大きなキーワードということでもあります。比較というステップが入ると購入が慎重になるということです。たとえば、オンラインで、下のような比較表をよく見ますね。
これは保険とかソフトウエアとかの商品ラインアップの比較表としてよく目にするものですが、仕様比較がしやすくて販売促進には大きな力を発すると思いきや、売るものにもよるとは思いますが、実はあまり効果的な販売促進法ではないというリサーチ結果があります。なぜなら消費者に比較を促すからです。仕様を比較し値段を比較し、内容の割に高ければよい買い物ではないと思い、内容の割に安ければ危険ではないかと思い、消費者はより慎重になるのだそうです。
慎重に購買を決めたい、慎重に商品を選びたいという消費者には、これは朗報だと思います。多くのマーケティング手法は、実質的な商品の質や代替品との比較をなるべく阻止し、感覚に訴えて即時的な判断をさせるよう訴えてきますから、迷うのは大いに結構ということではないでしょうか。自分が操作されていないかをチェックする方法は、「物やサービスの実質的な比較と値段の比較ができているか」、それとも「そのような比較を忘れるように、感覚的な宣伝や言い回しなどが働いているか」を、立ち止まって考えてみることです。
事実、マーケティングの原則では、保守的な消費者(購入に慎重な人)を購買に至らせるためには有用さ・有益さを売る方法が効率的で、リベラルな消費者(あまり深く悩まず購入する人)を購入に至らせるためには喜び・楽しみ・娯楽にアピールするのが効率的ということが言われています。あなたは有用さ・有益さの事実を掴み、比較をして購入判断をする消費者になりたいですか、それとも感覚的な情報にうながされて企業の売りたいものを買う消費者になりたいですか?