アメリカ医療のミステリー 医療費は、ぜひ値切りましょう?

どうしてアメリカの医療費はこんなに高いのか!医療費の請求額を見たことがある人なら、誰でもそう思いますね。健康保険を持っていない人なら、医療費の請求がきて後で愕然!ということもあるでしょう。健康保険を持っていても、最近ではHigh Deductibleプランだったり、 Co-insuranceの比率が高かったりで、医療費の高さがお財布に直接的に影響するケースも増えました。「$10のCo-payを負担すれば後は保険が払うから、請求額がいくらだろうとあんまり関係ないわ・・」と安心していられた時代は過ぎようとしています。

何年か前に、家族でヨーロッパに行く機会がありました。当時はバージニア州に住んでいたので、ワシントンDCのダレス空港からドイツのケルンに行くことになっていました。出発前日、ホテルに前泊してそこに車をパークさせてもらい、翌日の午後ケルン便に乗る手はずでした。ところが、その夜中、娘が全身に発疹が出て微熱もあり、急遽泊まっていたホテルの近くのERに行くことになりました。診察の結果、何らかのアレルギーを疑われベナドリルを投与してもらいリリースされました。飛行機に乗るのはよそうと思ったのですが、先一週間のケルン便は満席といわれ、外せない用事もあったのと、ベナドリルのせいか少し発疹がよくなったように思えたので、結局飛行機に乗り込みました。ところが、飛行中しばらくしてまた状態が悪くなり熱もぶり返したので、ケルンに着くなり空港で教えてもらったERに行くことになりました。空港から15分ぐらいの郊外までレンタカーを走らせERに着くと(今考えると、ERというよりは、Urgent Careのようなものだったのだと思います)、感謝なことに待ちはなくすぐ診てもらえました。診断はやはりアレルギー。ドイツ版ベナドリルの処方をもらいリリース。支払いは現金オンリーといわれ、クレジットカードをあてにして現金ユーロは200ドル分くらいしか手元に持っていなかった私は、「す、すみません、○○ユーロしかないんですけど」とおずおず言ってみたら、「だ~いじょうぶですよ。それよりずっと低い請求ですから」と笑われました。結局、数十ユーロを支払って、そこを後にしました。

翌日には状態も随分よくなり、3週間の滞在を終えて無事アメリカに帰国。家に着くと、ワシントンDCのERからの請求書が届いていました。$2,000ドル以上の請求。健康保険がカバーしたので、私たちはたしか$50のCo-payを払っただけでしたが、米独でほぼ同じようなサービスを受けたのに、あまりの医療費の差に愕然としたものでした。

 

医療費の値段は、思いつきでつける??

同じ医療措置を受けても、その値段には病院やクリニックによって、大きな(非常に大きな!)ばらつきがあります。それは、あっちのお店ならりんごが一個$1.00だけど、こっちは$0.80というような程度のばらつきじゃありません。下の表は、心臓発作で医療措置を受けたときの、マサッチュセッツ州の病院の値段データ(http://www.boston.com/business/graphics/052711_hospital_costs/)です。一番安い病院では、$9,684、一番高い病院では$19,059と2倍近い開き。しかも、どちらかが低すぎるとか高すぎるというのでなく、その間にも万遍なく様々な価格が存在していますね。

もちろん病院のローケーションや、営利か非営利か、大学病院かどうか、設備の差や医師のレベルなどで、病院の経営コストも違ってくるのは当然ですが、ここまで開きがあると、「値段設定って、案外思いつき?」と疑いたくなりませんか?

 

「思いつき」価格 対 Negotiated Price

ひとつの医療措置にも、それを受ける病院が違えば値段が大きくばらつくだけではなく、ひとつの病院で受けるひとつの医療措置をとってみても、値段はいくつもあるのです。下は、www.myhealthandmoney.comというサイトから引いてきたサンプル・データです(これはサンプルなので、実際のデータではありませんが、アイデアだけわかってください)。同じバイパス手術でも、Hospital Price、 Medicare Price、 Health Plan Price Estimateという三つの値段がありますね。最初のHospital Priceは病院側の「思いつき」の値段、 次のMedicare PriceというのはMedicareと病院側との交渉のうえ同意に至った値段、 Health Plan Price Estimateというのは各種の保険会社と病院側との交渉のうえ同意に至った値段の平均値です。もちろん、この平均値の「中身」として、健康保険のプランの数だけ異なる「値段」が存在しているのです。これらの同意に至った値段とは、「○○保険の△△プランを持っている患者さんなら、××の措置を受けた場合$□□の支払いでいいですよ」と病院が同意するものです。これをNegotiated Priceと呼びます。

ちなみに、www.myhealthandmoney.com では、月 $10ほどの料金で、上のようなカスタム・サーチが自分のニーズに合わせて自由にできます(わたしは$10払っていないので、上のデータはサンプルです)。

もうひとつサイトをご紹介しましょう。www.vimo.comというサイトでは、Average list priceと、Average negotiated price(上の例の、Medicare Price とHealth Plan Price Estimateの総合平均値)を調べることができます。下のバイパス手術の場合は、「思いつき」価格は$94,500、実際にMedicareを含めた各種健康保険が払うのは$27,300だそうです。じゃあ、「思いつき」価格を請求されるのは誰?それは保険を持っていない個人患者です。

 

医療措置はひとつ、請求書はたくさん?

病院に手術入院したことがある人ならご存知でしょうが、A病院に入院した場合、請求書はA病院からまとめてひとつ来るわけではありません。A病院、麻酔をしたB麻酔医、執刀したC外科医、組織検査をしたDラボラトリー、組織検査の結果を読んだE病理医などなど、何枚もの請求が別々に舞い込みます。下は、healthcarebluebook.comというサイトのデータで、バイパス手術の請求の内訳を大きく医師費用、病院費用、麻酔費用の3つに分けて表示しています。

先ほどの「思いつき」価格がこのそれぞれの項目にあてはまるとしたら、病院と医師とラボの組み合わせて、これまたいろいろな値段ができそうですね。実際、アメリカでは一人の医師があちこちの病院で医療サービスを提供することはよくあることで、B外科医がA病院で執刀するバイパス手術と、同じB外科医がX病院で執刀するバイパス手術とでは総合的な値段が違うことになるのです。ちょっと気が狂いそうですね。

もうひとつ、多くの専門家が指摘するのは、真ん中の「病院費用」というところに、ありとあらゆる費用がかなり膨張された値段で含められているという事実です。医師の行った医療措置に対する費用や、麻酔の費用などは、比較的限られた範囲の認識しやすいサービスであるのに比べ、「病院費用」には使った注射針やガーゼの費用から、施設使用料、食事費用など広い範囲のサービスを含みます。結果的にさまざまな項目があり、場合によってはしてもいない措置が含まれていたり、ダブルでカウントされている費用があったり、現実離れした値段がついていたりということが起こっているそうです。つまり、「病院費用」はとくに念入りに吟味すべきところということ。。。

 

なぜこんなことが許されるのか

病院の考え方は、みんなから100%料金を回収できるとは限らないので、最終的に赤が出ないように「思いつき」価格(リストプライスと呼ばれる)は高く設定しておくという理論らしいです。つまり、同じサービスを受けても、ちょっとしか払わない人から、たくさん払う人までまちまちであり、たくさん払う人は、払わない人の分まで援助するということですね。りんごがひとつ$1,000もすれば「高すぎるから買わない」と考える人でも、病気になってしまえば「医療は必要なもの。払うしかない」と思いがちです。ある医療経済学者の言葉を借りれば、「思いつきで値段を決めても消費者は払うから、思いつき価格が許されている」とのことです。なんということ!

 

医療費を値切る

医療費は値切れます。アメリカでは、医師も病院もラボも値段交渉は日常のこととみなしているとのこと。事実、医師も病院もラボも、常に保険会社とネゴをしているわけです。であれば、もう一方のエンドである患者側がネゴを持ちかけてきても驚くことではないということらしいです。小さな医療施設ならば直接医師に、大きな病院ならビジネス・オフィスに値段交渉をすれば、通常10%から30%、うまくいけば40%も値切れるケースが多いとのこと。そりゃそうですよね、40%下げたって、まだ保険会社からもらえる値段よりはかなり多かったりするわけですし。

実際、わたしはそんな例を目の当たりにしました。以前の隣人の息子さんがちょうど前職と次の職との間のブランク期間(健康保険の継続手続きをうまくしなかった)に大怪我をしてしまいER→ICUに2週間ほど入院しました。あちこちからものすごい額の請求が舞い込み合計は$80,000ほど。息子さんに代わってお母さんが病院、医師、ラボなどと気の遠くなるような数のやりとりをし、状況を説明するとともにこのくらいなら払えるというオファーを繰り返し、最終的には$40,000から$50,000の間に落ち着いたと聞いています。

まったくなんという国に住んでいるのだろうかとたまに思います。病気したり怪我したり、それだけでも災難なのに、医療費の請求がまた一災難。車の購入じゃあるまいし、医療費まで交渉しなければならないなんて!みなさん、どう思います???

2 comments

  1. 今ちょうど、交通事故に巻き込まれて、とんでもない金額の請求書と訳の分からないアメリカの医療/保険システムと戦っているところです。本当に、値段のつけ方が意味不明ですね。在米歴10年を超えていますが、これまで健康であまり医療/保険のシステムに関わってこなかったため、こちらのウェブサイトがものすごく勉強になります。丁寧な解説、本当にありがとうございます!!!

    1. こころから同情させていただきます。大変ですね。事故だけでも大変なのに、わけの分からない請求書が来ると気が滅入りますね。どうぞ、気分が少しでも明るくいられますよう。きっとあとで笑って話せるときがきますから・・・。

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