引き出し時のマーケットタイミング ー どのファンドから換金するか

「リタイヤメント資金を準備するために、どう投資ポートフォリオを運用するか」というトピックについては、すでに多くの議論やリサーチがなされてきました。実は貯めている段階で注意しなければならないことは比較的シンプルで、基本を押さえれてポートフォリオとアロケーション調整の枠組みを組めば、あとはただお金を入れ続けるだけで大丈夫といっても過言ではありません。一方で、ベビーブーマーがリタイヤメントに入り始めたころから、「リタイヤメント資金をどう戦略的に引き出すか」というトピックも出始めるようになりましたが、このテーマについてはまだ多くの研究と議論が必要な段階といえます。

インデックス投資では「何もしない」とか「ほったらかし」という言葉がよく唄われますが、実際、貯めている段階ではやらねばならないことは非常にシンプルです。ファイナンシャルプラナーの私が言うのもなんですが、基本さえ押さえればファイナンシャルプラナーなど使わなくても、資金準備が可能です。やらねばならないことを簡単にまとめますと:

  • 積み立てはなるべく早くはじめる
  • 月々、年々できるかぎりの積み立てをする
  • できるだけ長く働き長く貯める
  • 年齢に応じ適切なリスクをとるアセット・アロケーションを実現し、長期的に維持する
  • 市場がいいときも悪いときもコンスタントに貯め続け、機を見て売ったり買ったりしない
  • 投資の手数料をなるべく避ける・低く保つ

最初に自分が投資すべき低手数料ファンドを選び、定期的に積み立てる手続きをしたら、あとはpretty much「ほったらかし」で本当に大丈夫です。

ところが反対に引き出して使うフェーズは、今までのポートフォリオが増えるというプラス方向から減るというマイナス方向に作用が180度変わります。月々の生活費を確保するという目的と、元本をなるべく減らさないで資金を長持ちさせるというふたつの目的を、バランスをとりつつ市場の状態もかんがみながら実行していかねばなりません。市場がどうなるかと自分の健康状態や寿命という「決定的な」情報は誰にもはっきりとわかりませんから、至難のわざです。これは年季のはいったファイナンシャルプラナーにとっても難しい仕事だと思います。

リタイヤメント資金-「貯める」より「使う」フェーズが難しい

ひとつの決定的に重要な見極めは、具体的にどのファンドをいつ売るかの決断です。(正確にいえば、どの口座の中に持っているどのファンドを売るか・・になります。どの口座から引き出すかについては、こちらの記事リタイヤメント口座の数がたくさんある! - どの口座から引き出すをご覧っください。)

 

いつ何を売るか・・を見極める

以前の記事で、月々コンスタントな額を引き出していく方法は、「安い時にたくさん売って、高い時に少し売る」という効果を生み出してしまい、リタイヤメント資金を時期尚早に枯渇させる危険性を高めることについて見ました(貯めるときのタブーは引き出すときの必須事項).

市場の状態を見ながら、いつ投資するかを図る姿勢はマーケットタイミングと呼ばれ、積み立てフェーズではできる限り避けるのが好ましいですが、リタイヤメント後の引き出しフェーズでは、いつ売るかについて機を見ること(マーケットタイミング)は必要不可欠であるということについても学びました。

では、機を見るといっても、それを具体的にどのようにしていけばよいでしょう。「今は売り時」という認識をどのようにすればいいのでしょうか。

この機をどう見るか・・について、過去の市場データを使いシュミレーションをしたレポートがあります。50%株式ファンド(S&P500):50%債券ファンド(10Year国債)で投資された総額$1ミリオンのリタイヤメント資金から年$40,000ずつを引き出す場合を想定し、30年のリタイヤメント期間の最後に資金残高がどうなるかを比較したリサーチです。6つの方法を比較していますが、一つ目の方法は、ベースラインともなる「機を見ない」方法です。あとの5つはなんらかの指標で機を見て、より状態のよいファンドから優先的に売ることを実現します。

なお、これらどの方法でも、年々$40,000を引き出す以外には、リバランスを目的とした売り買いは一切行わないことを前提にしています。ふたつめのリバランス方式は、常に50%株式ファンド:50%債券ファンドの比率を保ちますが、他の方法は引き出しによりアロケーションが50%:50%からずれたとしても、リバランスは行わず、そのまま運用を続けてきます。

 

6つの方法

機を見ない方法(Equal Withdrawal): $40,000の引き出し額の50%を株式ファンドから、残りの50%を債券ファンドからというように、毎回定額を定比率で引き出し続ける方法。

(以下は機を見る方法)

リバランス方式(Rebalancing): 引き出すことによって、つねに50%株式ファンド:50%債券ファンドのアロケーションを実現する方法。結果的に、その時成績の良いファンドから優先的に引き出しを行うことになる。

去年の株式成績(Last Performance): 去年の株式利回りが去年の債券の利回りより大きければ株式ファンドから引き出す。それ以外は債券ファンドから引き出す。

3年変動平均(3 Year Moving Average): 過去3年の株式利回りが過去3年の債券利回りより大きければ株式ファンドから引き出し、それ以外は債券ファンドから引き出す。

7年変動平均(7 Year Moving Average): 過去7年の株式利回りが過去7年の債券利回りより大きければ株式ファンドから引き出し、それ以外は債券ファンドから引き出す。

CAPE:Cyclically Adjusted Price-Earnings Ratio(CAPE=現在のS&P500÷過去10年の利回り)が過去のCAPEの長期間平均値より大きければ株式ファンドから引き出し、それ以外は債券ファンドから引き出し。

この6つの指標をつかい、1928年を始め年としそれぞれ30年間のリタイヤメント引き出し期間を考え、最終は1986年にリタイヤして30年間までの、全58ケースにつき、過去の実際の株式・債券利回りデータを使ってシュミレーションを行いました。結果を見るためのポイントは二つ。

一つ目は、投資ポートフォリオが枯渇したかしなかったか。枯渇しないで30年間維持できた場合の成功率(Success Rate)です。たとえば成功率が80%であれば、80%のシュミレーションでは資金は枯渇しなかったが、残りの20%では時期尚早に資金が枯渇してしまったことを意味します。

二つ目は、資金が枯渇せず維持できた場合の、30年後に残った残高です。引き出しを行いながらも、ポートフォリオの中のお金は株式ファンドと債権ファンドで投資され続けますが、その場合の最終残高の中央値(メジアン=Median Ending Portfolio Value)です。

 

結果は・・・

結果は下記のようでした。なお、この期間(1928年から2016年まで)の50%株式:50%債券のポートフォリオの年平均利回りは8.40%でした。これはあくまで過去の成績であり、今後も同じようなアロケーションで投資をする場合、同じような利回りが出るという確約はありませんので、ご理解ください。

成功率(Success rate)でも最終残高(Median portfolio ending value)でも、際立って優れた結果になったのが、CAPEを使った方法でした。先に書いた通りCAPEは、その時のS&P500インデックスの値を、過去10年の利回り(10年間の変動平均)で割ったもので、その時の価格が利回りに比して割高か割安かを判断するために使われます。このシュミレーションでは、割高ならば売り時で株式ファンドを売る、割安なら株式ファンドには手を付けず債券ファンドを売ることで$40,000を確保しています。このシュミレーションを見る限り、CAPEは優れたマーケットタイミングの指標であり、ポートフォリオを枯渇させない成功率は91%、30年後の残高も他の方法に大きく差をつけてトップでした。

3年変動平均、7年変動平均の利回りを使ったマーケットタイミングは結果が思わしくないようです。過去3年、過去7年の利回りデータを使っても、それが「今、売り時か」には反映しないという結果です。「今、売り時か」を判断するには、その時の値が割高かにかかってくるので、考えてみれば当たりまえの気もします。過去利回りの中では、去年の成績を使うのが比較的よい結果をもたらしています。もっとも最近の値の伸びを考え合わせるので、確率的に割高なときに売れる可能性が増えるということでしょうか。

興味深いのはいつも50%:50%のアロケーションを保つように引き出しをするリバランスの方法をとった場合は、結果が最もよくないことです。リバランス法では、より残高が増えたファンドのほうから優先的に引き出しをするわけで、理にかなったように思いますが、ただ50%:50%にアロケーションが戻ったところで、それ以上は引き出しをしません(たとえば、株式40%になるまで株ファンドを売るなど)。CAPEの場合は、割高時なら、50%を割っても引き出すというケースもありえます。たとえアロケーションが崩れてでも、その時の割高・割安の目安で引き出すほうが優れた結果を残すということでしょうか。

さらに興味深いのは機を見ないEqual Withdrawalの結果が案外いいことです。ただただ、株式ファンドと債券ファンドから同じ比率だけ引き出すのでもそこそこよい成功率と最終残高が残せています。この意味では、「機を見なくとも=マーケットタイミングをしなくても」そこそこ大丈夫というようにも読めます。

リタイヤメント資金の積み立て法については多くのリサーチがされてきましたが、リタイヤメント後の引き出し法については、まだまだリサーチが薄いです。この分野についてはこれからもリサーチが進んでいくことと思います。現在「自動積み立て」「自動アロケーション積み立て」「自動リバランス」がデフォルトになっているように、将来的には最適な引き出しアルゴリズムができて、投資会社のオンラインサイトで希望パラメータを指定すれば、最適な「自動引き出し」が可能になると思います。自動引き出しができても、パラメータは自分で選択する部分が残ると思います。今から、少しずつ知識の準備をしておくとよいでしょう。

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